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(269)水島合戦

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登場人物:瀬尾兼康、瀬尾宗康、倉光成澄、倉光成氏

 源義仲は水島合戦での敗北を聞き、捨ておくわけにはいかないと、1万騎で備中の国へ馳せ下りました。

 平家の侍で備中の住人・瀬尾兼康は名の知れた強者でしたが、さる5月の北国の戦いで、運が尽きたのでしょうか、加賀の国の住人・倉光成澄に生け捕りにされました。その時すでに斬られるべきでしたが、義仲が「あたら男をたやすく斬ってはならない」と、成澄の弟の三郎・倉光成氏に身柄を預けていました。瀬尾兼康は人づきあいがよく心優しかったので、成氏もねんごろにもてなしていました。

 しかし、兼康は心の内では恐ろしいことを考えていました。

 蘇武は胡国に捕らわれ、李陵は漢へ戻れませんでした。「遠く異国に託する、昔の人の悲しむ所」という言葉もあります。兼康は、まさに故事にあるような、なめし皮の肘あてや、皮の幕で風雨を防ぎ、なまぐさい肉を食べ、牛や羊の乳で乾きをいやす思いで夜は寝ることなく、昼は終日仕え、木を切ったり、草を刈ったりすることはしませんがそれ以外のことは何でもして敵に従いながら、心の内では、なんとしてでも敵のすきをうかがい、今一度、旧主の顔を見ようと企んでいました。

 ある時、瀬尾兼康が、倉光成氏に言いました。

「さる5月から甲斐無き命を助けられている。今は、誰と仰ぐ主もいない。なので、今後、合戦がある時は、木曽義仲殿のためにまっ先に命を捧げたい。ついては、兼康がかつて知行していた備中の国の瀬尾という場所に、馬の草がよく生える場所がある。取り次いでくだされば、案内いたす」

 成氏は、兼康の申し出を義仲に取り次ぎました。義仲は、「感心なことを言う。お前は、兼康を案内として一足先に下り、馬の飼い葉なども用意させよ」と命じました。

 倉光成氏は畏まって承り、手勢30騎で、瀬尾兼康を連れて、備中の国へ下りました。兼康の嫡子の小太郎・瀬尾宗康は平家に味方していましたが、父・兼康が義仲から許されて下ってくると聞き、若く盛んな郎党を100騎ばかり集め、兼康の迎えに出ました。播磨の国の国府で落ち合いました。

 嫡子・瀬尾宗康の100騎と合流した瀬尾兼康は、100騎を引き連れて、備前の国の三石の宿に泊まりました。その夜、兼康を知っている者たちが酒を持って参上し夜遅くまで酒宴となりましたが、兼康は、倉光成氏をはじめとして成氏の手勢30騎に酒を無理に勧めて酔いつぶし、倉光成氏はじめ全員を殺してしまいました。備前の国は、源行家の知行国でしたが、代官の館も国府にあり、押し寄せて、代官も討ち取ってしまいました。

 瀬尾兼康は触れを出しました。

「兼康は、木曽の源義仲殿からいとまを賜って、ここまで下ってきた。平家に志を寄せる人々は、今度、木曽殿が下ってくる時に、矢のひとつも射掛けよ」

(2012年1月9日)


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