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(270)瀬尾兼康の謀反

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登場人物:瀬尾兼康、瀬尾宗康、源義仲、今井兼平、宮崎三郎、海野、望月、諏訪、藤澤

 瀬尾兼康が反義仲の触れを出すと、備前、備中、備後3か国の強者たちや、馬具武具や郎党などを平家に出して自らは隠居していた老兵たちが、兼康の触れに応じました。ある者は、柿渋を引いた茶色の布の直垂の紐をきつく結び、別の者は、小袖の服の裾を帯にさし挟み、破れた腹巻きを着け、狩りに使う筒や竹のえびらに矢を何本か入れて背負いながら、都合2000騎が、瀬尾兼康の館に集まりました。

 兼康は、備前の国の福隆寺縄手(縄手=田の間の道)の篠(ささ)の迫(せまり)に城郭を構え、幅2丈(約6メートル)、深さ2丈の堀をつくり、防御用の掻楯(かいたて)をしつらえ、高櫓を組み、逆茂木をつけて、義仲を待ち構えました。

 兼康に討たれた代官の手の者が、都へ向かいましたが、播磨と備前の境の船坂山で、義仲と落ち合いました。兼康の謀反を伝えました。

 義仲は、「憎き瀬尾めを、斬って捨てるべきものを保留にして、だまされたことこそ口惜しい」と悔しがりました。今井兼平は「やつの面構えは、ただ者とは見えませんでした。だから千回も斬るべきと言ったのですが、今はそのことを蒸し返しても後の祭り。しかしながら、捨て置くわけには参りません。兼平がまず向かい、見定めてきます」と告げ、3000騎で、備前の国へ急ぎ下りました。

 備前の国の福隆寺縄手の田の道は、幅は弓1本が通るほど。長さは、西国道の一里に渡ります。左右は深い田んぼで、馬の足が付きません。3000騎は心は急げども急ぐことができず、馬の歩みに合わせて進みました。

 今井兼平が城郭に到着すると、瀬尾兼康が高櫓に走り上り、大音声をあげました。

「さる5月から、甲斐無き命を助けてもらった各々方の恩には、これを用意した」

 そう告げ、24本さした矢を、次から次へと射掛けました。

 しかし、今井兼平以下、宮崎三郎、海野、望月(海野、望月の代わりに楯、根井とする場合も、海野は水島合戦で討ち死にしている)、諏訪、藤澤などの一騎当千の強者たちは、矢をものともせず、甲を傾け、射殺された人馬を放り投げて堀を埋め、あるいは、左右の深田へ投げ込み、高い草を馬の前胸でかきわけ、馬の太い腹まで泥に浸かることをものともせずに、大挙して押し寄せました。足場の悪い谷の深い場所ももろともせずにわめき叫びながら攻め寄せましたので、瀬尾兼康方の兵は助かる者が少なく、多くが討ち取られました。

 夜に入ってから、兼康が頼みにしていた篠の迫の城郭が破られました。兼康は、かなわないと思ったのか、撤退しました。備中の国の板倉川のほとりに掻楯を並べ、待ち構えました。

 やがて、今井兼平の軍勢が攻めてきました。瀬尾兼康方は、狩りに使う筒や、竹のえびらに入っているだけの矢を討ち尽くす間は持ちこたえ、矢種が尽きると、われ先にと逃げていきました。瀬尾兼康はわずか3騎になるまで討たれ、板倉川に沿って、緑山の方へ落ちていきました。

(2012年1月9日)


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