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(196)葵の前

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登場人物:高倉天皇、葵の前、藤原基房、藤原隆房

 高倉天皇で何よりもあわれだったことは、中宮・建礼門院の御方に出仕していた女房の上級の女童が、思いの外、高倉天皇の目にとまったことがあったことでした。世間によくあるその場限りのことではなく、高倉天皇はまめやかに愛情を注ぎました。そのため、いつのまにか、女童の主の女房が、かえって、その童を主のように扱いました。女房は、「昔の歌謡(「長恨歌」)に、『男を産んでも喜歓することなかれ、女を産んでも悲酸することなかれ。男はこれ侯(こう)にだも封ぜられず、女は妃たり』といい、楊貴妃は后に立ったといいます。目出度いほどの幸いです。『この童を女房、后に立たせることもあり、皇子を生み国母と仰がれることもある』」と言い、その童の名前を葵といいましたので、内々で、葵の前などとささやいていました。

 高倉天皇がそのことを耳にしました。そして、その後は、葵の前を呼ぶことがなくなりました。それは愛情が尽きたからではなく、ただ世のそしりをはばかったからでした。なので、高倉天皇は物思いに沈みがちになり、供奉の者が言う事にもうわの空になりました。夜になると、病気がちになり、寝床に籠もってしまいました。

 時の関白の松殿・藤原基房がそのことを聞き、「高倉天皇の心を絶えず悩ましていることがある。進言して、慰めよう」と急ぎ参内しました。基房は、高倉天皇に、「そこまで愛情を注いでいるのなら、不都合はありません。くだんの少女を召し出して、側に置いて良いと思われます。少女の家柄を気にしているのなら、心配に及びません。すぐに基房の養女ということにします」と奏上しました。

 高倉天皇は、「いいや、そなたの言うことはもっともだし、天皇を退位してからそのようなことに及んだ例は、少なからずある。しかし、正しく天皇の位に在位している時に、そのようなことをしては後代のそしりとなる」と言って、聞き入れませんでした。基房も、力及ばず、涙を抑えて退出しました。

 その後、高倉天皇は、特に緑の色合いが薄く匂いが強い紙に、古い歌ですが思い出して、拾遺集巻十一の恋にある平兼盛が、隠してはいるが人に問われるまでに私の恋は出てしまっているのだなあ、と詠んだ歌を記しました。

  忍ぶれど色に出でにけりわが恋は

    物や思ふと人の問うまで

 冷泉院の少将・藤原隆房が、その紙を受け取り、葵の前に与えました。葵の前は、それを懐に入れて、顔を赤らめました。そして、病気になったと里へ帰り、うち臥すこと5、6日にして、ついに死んでしまいました。『君が一日の恩の為に、妾が百年の身を誤つ』とも言いますが、このようなことを言うのでしょうか。人々は、「昔、唐の太宗が、鄭仁基(ていじんき)の娘を宮殿に入れようとしたところ、魏徴が、あの娘は既に陸氏と婚約していますと諫めたので、宮殿に入れることをやめたのと少しも違わない。まさに、今の高倉天皇の心持ちだ」と言いました。

(2011年12月17日)


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