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(290)巴御前

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登場人物:源義仲、巴、山吹、今井兼平、一条忠頼、土肥実平、御田師重

 源義仲は万が一の事があれば、後白河法皇の身柄を確保して、西国へ下り、平家と同心しようと、僧兵20人を揃えて待っていましたが、源義経が御所に参上し厳重に警護していると聞き、もはやかなわないと思ったのでしょうか、賀茂河原を北に落ちていきました。六条河原と三条河原の間で、何度も危ない目に遭いました。

 義仲は涙を流して言いました。

「このように負けようと予想したならば、今井兼平を勢田へやるのではなかった。竹馬の幼少のころから、死ぬときは同じ場所で死のうと契り合った。今は別々に討たれることこそ、悲しい。しかし、もう一度、今井を捜してみよう」

 そう言って、河原を北へ向かったところ、六条河原と三条河原の間で敵にたびたび襲われ、返しては戦い、返しては戦って、義仲はわずかの手勢で、雲霞のごとく押し寄せてくる敵の大軍を5、6度までも追い返し、賀茂川を渡り、粟田口、松坂に差し掛かりました。

 去年に信濃の国を出たときは5万騎と言われ、今日、四宮河原を過ぎるとき、主従7騎になりました。まして、今は冥土の旅。思いやられて、哀れです。

 義仲は、信濃を出てから、巴、山吹という2人の美女を連れていました。山吹は病気のため、都に留まっていました。巴は、色白で髪の毛が長く、容姿美麗。しかし、屈指の荒馬乗りで、足場の悪い谷でも駆けていき、弓矢・打ち物を取っては、いかなる鬼や神にも向かっていくという、一騎当千の女武者でした。なので義仲は、巴に、いざというときには鉄や革の鎧を着せ、強弓、大太刀を持たせ、一方の大将としていましたが、度々の高名に方を並べる者はいませんでした。

 今度も、多くの者が逃げ、討たれる中で、巴は、義仲主従の最後の7騎の中に入っていました。

 源義仲は、長坂を出て丹波路へ向かったとも、龍華越を抜けて北国へ向かったともうわさされましたが、実際はどちらでもなく、今井兼平の行方を捜して、勢田へ取って返していました。今井兼平は800騎で勢田を守っていましたが、50騎にまで討たれ、旗を巻いて郎党に持たせ、義仲のことが気がかりで都へ向かっていました。義仲と今井兼平は、大津の打出の浜で行き合いました。1町(約100メートル)あまり先から互いに認め合い、主従ともに馬を駆けさせ、合流しました。

 義仲は、兼平の手をとって告げました。

「義仲は、六条河原にてどのようにもなっていたが、お前の行方が気がかりで、多くの敵に後ろを見せて、ここまで逃れてきたのだぞ」

 今井兼平は答えました。

「お言葉、まことに、かたじけなく存じます。兼平も勢田で討ち死にすべきところ、義仲殿の行方が気がかりで、ここまで逃れてきました」

 義仲は言いました。

「さては、同じ場所で死のうと誓い合った契りは、未だ朽ちていなかった。義仲の味方が、山林に逃げ隠れ、この辺りに散らばっているいるかもしれないぞ。お前の旗をあげよ」

 そう言われた兼平が巻いて持っていた旗をあげさせると、それを見て、都から落ちた兵や、勢田から逃げてきた兵たちが集まってきて、ほどなく300騎ばかりになりました。義仲は大いによろこび、「この軍勢で最後のひといくさができる。あちらに密集して見えるのは誰の手の者だ」と尋ねました。「甲斐の一条忠頼殿の軍勢と見えます」。続けて「どのくらいの数だ」には、「6000騎ほどといいます」。義仲は、「それは互いに良い敵。同じく死ぬのも、大勢の中に駆け入り、よい敵に逢って討ち死にしてやろう」と、まっ先に駆けて行きました。

 義仲のその日の出で立ちは、赤地の錦の直垂、唐縅の鎧、いかめしい作りの太刀、鍬の形の飾りをつけた甲、24本さした鷲の尾の左右の両端の羽ではいだ矢のうち残っていた数本が入っていたえびらを頭の上に高く背負い直し、滋藤の弓の真ん中を持ち、「木曽の鬼葦毛」とうわさされる馬に、金覆輪の鞍を置いて乗っていました。

 義仲はあぶみの上にふんばって立ち上がり、大音声をあげ、馬を駆けさせました。

「うわさに聞こえる木曽冠者、ただ今、見参。左馬の頭兼伊予の守、朝日将軍源義仲ぞ。甲斐の一条次郎と見える。義仲を討って、頼朝への土産にしろ」

 一条忠頼はそれを聞き、「ただ今、名乗ったのは、大将軍ぞ。損じるな、逃がすな、討て」と大勢で囲み、われ討たんとばかりに向かっていきました。

 義仲の300騎は、一条忠頼の6000騎の中に躍り込み、縦、横、斜め、十文字に掛け破り、後ろの敵と向かい合ったときには、50騎ほどになっていました。義仲は、その敵・土肥実平2000騎へも駆けて行き、抜けました。あそこの4、500騎、ここの2、300騎、14、50騎、100騎の中を駆け回り、駆け破りしながらついに、主従5騎になりました。

 その5騎の中に、巴も残っていました。義仲は巴を呼び告げました。

「お前は女なので、ここから急いでどこへでも落ちて行け。もし敵に討たれたり、自害したりしたら、『義仲は最後のいくさに、女を連れていた』などと言われ、悔しい」

 巴はそれでも義仲の側を離れませんでしたが、義仲があまりに強く言うので、「あっぱれな良き敵よ出てこい。木曽殿に最後のいくさをお見せする」と言って、立ち止まって待っていました。

 そこに、武蔵の国の住人で八郎・御田師重という怪力の者が30騎ほどでやってきました。巴は30騎の中へ割って入り、まず、御田師重に馬を並べ、むずと組んで馬から引き落とし、自分の馬の鞍の前輪に押しつけて身動きができないようにし、首をねじ切って捨てました。

 その後、巴は、甲冑を脱ぎ捨て、東国へ落ちていきました。

(2012年1月14日)


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