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(293)茅野光広

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登場人物:樋口兼光、茅野光広

 源義仲が討ち取られ、今井兼平が自害したころ、兼平の兄の樋口兼光は、都へ向かう途中でした。淀の大渡りの橋で、兼平の手の者と行き逢いました。樋口兼光は、源行家を討つために500騎で河内の国の長野城を攻めましたが、そこでは行家を討ちもらし、行家が紀伊の国の名草に逃げたといわれたので向かっていたところ、都でいくさが起きたと聞き、取って返していたところでした。

 今井兼平の手の者は、樋口兼光に、「これは、どこへ行こうというのですか。都にいくさが起きて、源義仲殿は討たれ、今井兼平殿も自害なさった」と告げました。兼光は、涙をはらはらと流し、500騎に告げました。

「これ聞き給え殿ばらよ。義仲殿に深く志を持つ者は、今からすぐにでも、いずこなりとも落ち給え。どのような仏道修行をしてでも、義仲殿の菩提を弔ってくれ。兼光は都へ上り、討ち死にする。冥途で義仲殿に会い、今井兼平にもいま一度会いたいと思うゆえだ」

 樋口兼光が都へ向かうと、あとに続く500騎の軍勢は、ここかしこで馬の手綱を弱めながら落ちていき、鳥羽離宮の南門を過ぎるころには、わずか20騎ほどになっていました。

 都では、樋口兼光が今日にも取って返してくるといわれ、東国の武士も郎党たちも、七条朱雀大路、九条朱雀の羅城門の跡・四塚、四塚から鳥羽離宮までの作り通へ馳せ向かいました。

 兼光の20騎の中に、太郎・茅野光広という者がいました。四塚で敵勢の中に駆け入り、足を踏ん張って鐙に立ち、「この勢の中に、甲斐の一条次郎殿の手の人はいるか」と尋ねました。敵方は「一条次郎の手でないと、いさくをしないのか。誰とでも戦え」と、どっと笑いました。

 茅野光広は、笑われて名乗りました。

「かく言う者は、信濃の国諏訪の上の宮の住人、大夫・茅野光家の子で、茅野太郎光広だ。一条次郎殿の手でないと戦えないわけではないが、わが弟の七郎が一条次郎殿の手の中にいる。私は子ども2人を信濃の国に置いてきているが、『ああ、わが父は、良く死んだのか、悪く死んだのか』と嘆くだろうから、弟の七郎の前で討ち死にし、死にざまを、子どもたちに伝えてほしいと思ったからだ。敵に選り好みはしない」

 そう告げ、あちらで馳せ向かい、こちらで戦い、武者3騎を切って落とし、4人目の敵に馬を並べ、むずと組んで、どうと落ち、差し違えて死にました。

(2012年1月15日)


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