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(279)大江公朝

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登場人物:源義仲、源頼朝、源範頼、源義経、大江公朝、時成、大江公茂、梶原景時、平宗盛、平知盛

 法住寺合戦で源義仲は後白河法皇を閉じ込め、49人の官職を停止して、官位任命をほしいままにしました。鎌倉の源頼朝が、義仲の狼藉を鎮めようと、弟の源範頼・源義経に6万騎を預けて都へ向かわせました。

 範頼・義経は道中で、都のいくさは終わり、御所・内裏が皆焼き払われ、天下が暗闇となったことを聞きました。そうなってしまったうえはいくさをしても仕方がないと、尾張の国の熱田の辺りで留まりました。

 北面の武士で宮内判官・大江公朝、藤内判官・時成が義仲の狼藉を訴えるために尾張の国へ馳せ下りました。範頼・義経は、「これは貴殿らが関東へ下られるべきです。子細を知らない者は、問い返された時に、不安が残ります」と告げ、大江公朝は今度のいくさで主従が皆、逃げるか討ち取られるかしていたので、子で15歳の宮内所・大江公茂に供をさせて、昼夜構わず駆けて、鎌倉に下り、訴えました。

 鎌倉の源頼朝は、「それは鼓判官が奇怪なことを申し出て、後白河法皇を悩まし、多くの高僧・貴僧を亡き者にした。それこそ、返す返すも奇怪だ。これらを召し使っていれば、この後も、天下の騒動が絶えない」と告げました。

 鼓判官・平知康は、慌てて鎌倉に下り、梶原景時を通してさんざん陳述しました。しかし、頼朝が「そやつには目をくれるな。返答してはならない」と命じたので、梶原景時は相手にしませんでした。ついに、平知康は、陳述することができないまま、都へ帰り上り、危ない命を長らえながら、稲荷の辺りで、かすかな生活を送ったといいます。

 義仲は西国の平家へ使者を送り、「急ぎ上洛され給え。ひとつになり、いっしょに関東へ馳せ下り、頼朝を討とうではないか」と申し出ました。平宗盛以下の平家一門はよろこびましたが、平知盛が、「たとえ末世になったとしても、義仲などにくどかれてどうして都へ上るようなことがあってよいのか。平家には、十善の帝王・安徳天皇と、三種の神器がある。義仲こそ、甲を脱いで、弓の弦を外し、こちらへ降人なって参上しろというべきです」と意見しました。平宗盛はそのように返事をしましたが、義仲は受け入れませんでした。

(2012年1月11日)


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