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(280)東国の源頼朝、都の源義仲、西国の平家

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登場人物:藤原基房、源義仲、藤原師家、藤原実定

 前関白入道・藤原基房は、源義仲を呼んで、「平清盛公は悪行を行ったが、希代の善根も残したので、世の中を20年間も平和に治めた。悪行ばかりでは世は治まりません。ゆえなくして閉じ込めた人々を官職に戻し、皆を赦すべきです」と進言しました。さすがに、まったく荒々しい凶徒のような源義仲も、閉じ込めていた人々を皆、赦し、官職に復帰させました。

 また、藤原基房の子・藤原師家は、その時はいまだ従二位の中納言でしたが、義仲のはからいで、大臣摂政になりました。折節、大臣の欠員がなかったので、徳大寺殿・藤原実定が内大臣左大将だったのを、内大臣を借りて、師家を大臣にしました。いつしか、新摂政・藤原師家は「借りの大臣」と呼ばれるようになりました。

 寿永2年(1183年)12月10日、後白河法皇が五条内裏を出て、大膳職の長官・平業忠の邸である六条西洞院へ御幸しました。

 13日、年の暮れに宮中で行われる真言の修法「歳末の御修法」が始まりました。その日に除目(じもく)があり、義仲の思うままに、人々の官位任命が行われました。

 平家は西国に、源頼朝は東国におり、源義仲は都で思うがままに振る舞っていました。前漢と後漢の間に「王もう」が世を切り取り、18年間、国を治めたごとしです。しかし、四方の関所は皆、封鎖され、公家の貢ぎ物も、年貢米も都に届きませんでした。都の人々は、身分の高い人も低い人も皆、乏しい水の中にいる魚に等しい状態。

 そのように危なげながらも年を越して、寿永も3年(1184年)になりました。

(2012年1月11日)


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