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(259)宇佐八幡宮への行幸

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登場人物:安徳天皇、平宗盛

 平家は筑紫の国を都を定めました。内裏を造営しようと詮議しましたが、いまだ都の場所も定まっていません。安徳天皇は岩戸諸卿大蔵・種直の邸にいました。平家の人々の家々は、野の中や、山の中にありましたので、麻を打つ音はしませんが、新古今集に詠われた十市(といち)の里ともいうべき所。内裏は山の中となるので、かの木の丸殿もこのような様子だったのだろうと、優雅なことを口にする者もいました。

 平家はまず、宇佐八幡宮へ行幸しました。安徳天皇は大宮司・公通の邸に、平家一門の雲客は社頭の邸を宿所としました。

 宇佐八幡宮では、五位六位の蔵人が回廊に居並び、四国九州の武士たちが甲冑に弓を帯びた姿で庭一面に控えました。昔の丹(あけ)の玉垣が再び飾られたようです。

 平家は参籠しました。7日目の暁に、平宗盛に夢想のお告げがありました。御宝殿の戸が開き、神々しく、気高い声が歌を告げました。

  世の中のうさには神もなきものを

    何祈るらむ心づくしに

 宗盛は大いに驚き、胸騒ぎがしました。歌が告げるところのあさましさに、古歌を心細げに口ずさみました。

  さりともと思う心も虫の音も

    弱り果てぬる秋のくれかな

 平家は大宰府に戻りました。

 寿永2年(1183年)9月も10日ばかりになりました。夕方の嵐で荻の葉が吹き荒れ、寝床に敷いていた衣類の袖もしわが寄っています。後拾遺集に『さびしさに宿をたち出でてながむればいづこもおなじ秋の夕暮』(良せん法師)とありますが、旅の空での深け行く秋の哀れさは、耐えがたいもの。9月13日は、名も得たほどの名月ですが、その夜は都を思い、出てくる涙に自然と暗鬱になり、心が澄みません。都の内裏を覆う九重の雲の上に出ていた月を見て歌を詠んでいた夕べが、ついこの間のように思えました。

 平忠度は詠みました。

  月を見し去年(こぞ)の今宵の友のみや

    都にわれを思ひ出づらむ

 平経盛は詠みました。

  恋しとよ去年の今宵の夜もすがら

    契りし人の思ひ出られて

 平経正は詠みました。

  分きて来し野辺の露とも消えずして

    思はぬ里の月を見るかな

(2012年1月6日)


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