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ミニシアター通信平家物語 > (184)富士川の合戦:平維盛の昇進

(184)富士川の合戦:平維盛の昇進

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登場人物:平清盛、平維盛、平忠清、盛国、平貞盛、藤原秀郷、忠文、藤原重藤、九条師輔、藤原実頼

 治承4年(1180年)11月8日、大将軍・平維盛は福原へ帰り着きました。平清盛は激怒し、「維盛を鬼界が島へ流してしまえ。忠清は死罪だ」と告げました。

 翌日9日、平家の侍・公卿が数百人が集まって、忠清の死罪の件をどうするか評定しました。

 その中で、主馬判官の盛国が進み出て、告げました。

「この忠清を日頃から不覚だったとは聞いていない。忠清が18歳の時と記憶しているが、鳥羽殿の宝蔵に五畿内一の悪党が2人、逃げ籠ったことがあった。押し入って、からめ捕ろうとする者が一人もいなかった際、この忠清は、ただ1人で真昼間から築地を越え、飛び込み、一人を討ち取り、一人をからめ捕った。そのため名を後代に残している。これにつけても、よくよく、乱心を慎むべきかと」

 翌日10日、除目が行われました。維盛は右近衛中将に昇進しました。今後の坂東への討っ手にしても、さしたることをしていない、なので、今回の昇進は何の勧賞だろうと人々はうさわしました。

 昔、将軍・平貞盛、俵藤太・藤原秀郷は、平将門追討のために東国へ下向しました。しかし、将門が手ごわかったので、公卿詮議があって、宇治の民部卿・忠文と、清原重藤が、軍事顧問である「軍監」を命じられ、追加で、東国へ向かいました。

 忠文と重藤が、駿河の国の清見が関に宿した夜、重藤が満々と広がる海上を見渡して、『漁舟の火の影は寒うして波を焼き、駅路の鈴の声は夜山を過ぐ」という中国の歌を高らかに口ずさみました。忠文は憂えを覚え、感動の涙を流しました。

 そうしているうちに、平貞盛・藤原秀郷は平将門をついに討ち取り、将門の首を持った2人と、忠文・重藤は清見が原で合流しました。そこから、先発と後発の大将軍がこぞって上洛しました。

 平貞盛と藤原秀郷には恩賞がありました。

 ときに忠文と清原重藤にも恩賞を与えるべきかとの公卿詮議がありました。

 詮議の席上で、九条師輔が、「今度坂東へ討っ手を出したところ、朝敵がたやすく亡ぶことがなかったので、忠文と重藤が勅命を受けて関の東に赴いた。その時、朝敵はすでに滅びていた。なので、忠文と重藤に恩賞を与えるべきではないか」と意見しました。

 しかし、時の執柄(しっぺい:摂関)小野宮殿・藤原実頼は、「疑わしきはなすことなかれ、と礼記に記されているので」と、ついに恩賞を与えませんでした。

 忠文はこれをくやしがり、「藤原実頼の末えいを見下し、九条殿の末えいのためには、何時の世になっても守護神とならん」と誓いつつ、ついに、飢え死にしてしまいました。

 なので、九条殿の末えいはめでたく栄え、小野宮殿の末えいには、しかるべき人もおらず、今は絶え果てたといいます。

(2011年12月15日)


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