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(322)平親範の娘

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登場人物:平重衡、民部卿入道・親範の娘

 女房の車が縁に到着し取り次がれると、重衡が車寄せまで出てきて、「武士どもが見ているので、降りないでください」と、車の簾から半身を中に入れました。重衡と女房は、手に手を取り合い、ほほにほほを押し当て合い、しばらくは言葉もしゃべらず、ただ泣いていました。

 しばらくして、重衡は言いました。

「西国へ行く時も、今一度会いたいと思いましたが、世が騒がしく、申し送るべき言葉もなく、下ってしまいました。その後、文を出し、返事をいただきたいと思いましたが、旅の空の物憂さや、いくさに明け暮れ、むなしく時間だけが過ぎました。今度、一の谷の合戦でどのようにもなっていた身ですが、生け捕りにされ、再び都に戻りました。再び逢う運命だったのかもしれません」

 そう告げると、また、涙を抑えて伏してしまいました。お互いの心の内が推し量られて哀れです。そのようにして夜が更けていきました。守護の武士たちが、「この頃は、大路も物騒です、早く帰られよ、早く帰られよ」と言いますので、重衡は泣く、泣く、急いで女房を帰しました。

 車が動き出すと、重衡は、女房の袖を取り、詠みました。

  あふ事も露の命も諸共に

    今宵計(ばか)りやかぎりなるらむ

 女房は、答えました。

  かぎりとて立別るれば露の身の

    君より先に消えぬべきかな

 女房は内裏へ戻りました。その後は、守護の武士たちが許さなかったので、ときどき、文を交換しただけでした。

 この内裏の女房という人は、民部卿入道・平親範の娘です。見目麗しく、情け深い人で、重衡が奈良を引き回されて斬られたと聞くと、すぐに出家し、黒衣に袖を通し、重衡の後世菩提を弔いました。あわれなことです。

(2012年1月30日)


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