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(50)藤原成親の出家

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 備前の国・児島に流されていた新大納言・藤原成親は、少し落ち着いて余裕が生まれていましたが、子息の丹波少将・藤原成経以下3名が薩摩方鬼海が島へ流されたと聞いて、もはや何も期待できないと思い、出家したい旨を文にしたためて、平重盛に送りました。重盛が後白河法皇に伺いをたて、許しがでました。栄華を極めた過去に引き替え、浮き世を捨てて墨染めの衣に袖を通しました。

 そうこうしているちに、成親の北の方は、都の北山の雲林院の辺りに人目を忍んで住んでいましたが、世を忍ぶ身でなくとも住み慣れぬ土地はもの憂く、ましてや、人目を忍べば、過ぎゆく月日をもてあまし、人目を忍ぶゆえに、誰も訪れて来ませんでした。

 その中で、左衛門尉の源信俊という侍一人は、情けのある者で、常に訪問していました。あるとき、北の方が、信俊を呼んで、「うそかまことか、成親殿は、備前の児島にいるが、このほど聞いたところでは、有木の別所とかいう所にいるとか。ああ、なんとかして、はかない筆でしたためた文を出し、お返事を今一度もらいたいものだが、どうでしょう」と問いました。

 信俊は、はらはらと涙を流し、答えました。

「私は幼少のころから、憐れみをもって召し使っていただき、片時も離れず、お仕えしてきました。お呼びになる声や、おしかりになったお言葉も肝に銘じております。西国へ流される時も、お供つかまつりたく思いましたが、六波羅の許しがなかったので、力及びませんでした。このたびは、たとえこの身がいかなる憂き目に遭おうとも、文をいただいて参ります」

 北の方は、たいへんよろこび、すぐに文をしたためて、渡しました。若君、姫君の面々も、それぞれ文を書きました。

 信俊は、それらの文を預かり、備前の国・有木の別所へ行きました。まず、監視役の武士・難波次郎経遠に案内を頼むと、経遠は、信俊の志のほどを感じて、成親のもとへ連れて行きました。

(2011年10月14日)


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