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(111)安徳天皇の即位の儀

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 治承4年(1180年)4月22日、安徳天皇の即位の儀がありました。

 即位の儀は大極殿にて執り行われるべきところですが、大極殿は治承元年の火災で炎上し、いまだ建て直しされていませんでした。公卿たちは、大極殿がない以上は、国政を統括した太政官の庁で行うべきではと詮議しました。しかし、九条兼実が「太政官の庁は、臣下が実務を行う公文所のような所でしかないので、大極殿がないうえは、紫宸殿にて即位されるべきだ」と意見し、紫宸殿にて即位しました。

 去る康保4年(967年)11月11日、冷泉院の即位が紫宸殿で行われたのは、主上が病気で大極殿に行くことができなかったからです。後三条院の延久の嘉例(正しくは、前年治暦4年(1068年)か)に習って太政官の庁にて行われるべきものなのに、と人々はうわさしました。しかし、九条兼実が計らったので、口をはさむことはできませんでした。

 皇太子が即位するというので、中宮・建礼門院は、弘徽殿から仁じゅ殿に移り、幼い安徳天皇を抱いたまま宮殿の中央に据えた玉座に着きました。

 即位の儀では、平家の人々が皆出仕しましたが、平重盛の公達だけは、重盛の喪が明けていなかったので、屋敷を出ませんでした。

(2011年11月16日)


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