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前段では、重盛の次男である資盛が起こした平家悪行のはじまりと言われる事件が語られました。そんなこともありながら年が変わり嘉応も三年目(一一七一年)になります。
正月五日には高倉天皇の元服が行われます。十三日には後白河法皇の御所への御幸がありました。高倉天皇の元服した姿は、後白河法皇と建春門院にはどんなに愛らしく映ったことでしょう。清盛の十五歳の娘が、後白河法皇の養女という資格で、女御にあがりました。妙音院殿と呼ばれた藤原師長が、そのころはまだ内大臣で左大将でしたが、左大将を辞すと申し出たことがありました。順序で言えば後任には徳大寺殿と呼ばれた藤原実定がなるべきでした。また、花山院殿と呼ばれた藤原兼雅も左大将を望み、故中御門の中納言藤原家成の三男で新参の大納言であった藤原成親(なりちか)も切にその地位を所望しました。
藤原成親は後白河法皇の覚えもよくて、祈願成就のためにさまざまな祈祷をはじめます。まず、岩清水八幡宮に百人の僧を籠もらせて大般若波羅蜜多経六百巻を七日間にわたって読誦させました。その最中に、近くにあった高良大明神の神前の橘の木に、男山のほうから三羽の山鳩が飛んできました。山鳩は、たがいについばみあって死にました。「鳩は八幡大菩薩の第一の使者で、宮寺にこのような不思議があろうはずがない」と、時の寺社の事務を統括する検校であった匡清(きょうせい)法印がこれを内裏へ報告します。「ただごとではない。占ってみよ」と、神祇官に占いをさせました。占いは「重き慎みあるべし」とでました。ただし、主上の慎みではなくて、臣下の慎みとありました。それにもかかわらず、藤原成親は、人目に付く昼は避けて、夜ごとに中御門通りと烏丸通りが合わさるところにあった御所から歩いて出て、別雷神(わけいかづちのかみ)を祭った賀茂の上社へ七夜続けて参詣しました。七日目の夜でした。御所に戻ってから疲れからすこしまどろんだときに、藤原成親は夢をみました。夢の中では賀茂の上社に戻っていて、宝殿の戸が開き、中から気高い声にて、
桜花賀茂の川風うらむなよ散るをばえこそとどめざりけれ
と聞こえました。藤原成親はこれでもまだ恐れを知りませんでした。賀茂の上社の宝殿のうしろにある杉の洞に祭壇をしつらえます。ある聖を籠もらせて、真言の外法で祈願成就のために行われる「だぎに」の秘法を百日間となえさせました。あるときに空がにわかに曇りはじめました。おびただしい数の雷が鳴り響きます。宝殿のうしろにある大杉にも雷が落ちました。雷火が燃えあがり社殿にも移る勢いでしたが、神官たちがなんとか消し止めたようです。神官たちは邪法を行っていた聖を追い出そうとしましたが、まだ七十五日目なのでと、全く動こうとしません。神職を務める家から内裏へ報告をあげました。「社法に従いはからえ」との宣旨が下りました。神社に使える役人が非常を防ぐときの白杖で聖のえり首を打ちつけます。一条大路から南へ追い出しました。「神は非礼をうけず」と言われるのに、藤原成親は大将を高望みして祈祷を繰り返しました。平家物語の語り手は、だからこのような不思議なことが起こったのだと感慨していました。
そのころの叙位除目は、後白河法皇や高倉天皇の計らいではなくて、摂政関白の裁定でもありませんでした。ただ平家の思うがままとなっていました。後任の左大将には、徳大寺殿と呼ばれた藤原実定でも、花山院殿と呼ばれた藤原兼雅でもなく、大納言であった清盛の嫡子重盛が右大将からスライドしました。そのうえ、空いた右大将には、中納言だった次男の宗盛が並み居る先輩を飛び越えて就いてしまいました。藤原実定は大納言の筆頭で、大臣大将から太政大臣にまで昇る名門の嫡子でした。学問にも長じていた藤原実定が平家の次男に官位を追い越されたのは残念至極でありました。藤原実定は出家してしまうのではないかと人々はささやきあいましたが、藤原実定はしばらくは成り行きを見るつもりで大納言を辞して御所にこもってしまいました。新参の大納言であった藤原成親は「徳大寺、花山院に越されたのならまだしも、平家の次男の宗盛ごときに飛び越されたのは悔しいかぎりだ。かくなるうえは、いかにしても平家を滅ぼして恨みをはらす」と口にしたことは恐ろしい限りでした。
藤原成親の父の藤原家成はわずかに中納言にのぼった人物でした。藤原成親は末の子で、正二位の大納言にまでのぼり、富める国の国守に多く任命されていました。子息や従者も恩寵を受けていたのに、なんの不足があってこのような恐ろしいことを考えるようになったのでしょう。平家物語の語り手は「ひとえに天魔の所為とぞ見えし」と感慨していました。そもそも、藤原成親は、平治の乱のときは越後守で右近衛中将でした。負けた側の藤原信頼に味方したので、本来ならばそのときに死罪になっているべきものを、重盛のとりなしで首がつながった人物でした。その恩も忘れて、仲間内で密かに武具を調達して軍兵を語らい集めていました。朝夕、ただ合戦のことだけをもくろんでいました。
(10)鹿谷の陰謀
(11)師光(西光法師)、師高、師経
(12)加茂川の水、双六の賽、山法師
平家物語のあらすじと登場人物
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