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(369)平宗盛の最期

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登場人物:平宗盛、平清宗、源義経、湛豪、橘右馬允公長、堀弥太郎親経景光

 元暦2年(1185年)6月23日、源義経に連れられた平宗盛と、息子の清宗は、近江の国の篠原の宿に到着しました。昨日までは、宗盛・清宗は同じ場所にいましたが、今朝から、別々の場所に置かれました。情けを知る義経は、3日前から使者を立てて、善知識のために、大原の本性房・湛豪という聖を招いていました。

 宗盛は、湛豪に向かって、泣いて訴えました。

「それにしても清宗はどこにいるのですか。たとえ首を切られるとも、むくろは同じ場所に横たえたいと思っていたので、生きていながら引き離されることが悲しい」

「この17年の間、片時も離れず、このたび西国で死ぬ身だったのが生きながらえ、京都、鎌倉で恥をさらしたのも、ひとえに、あの清宗のためです」

 湛豪も哀れに思いましたが、自分までも心弱くなってはならないと思ったのでしょう、涙を堪えて、あわれを表に出さず、戒を与えました。

「あわれ、身分の高い人も低い人も、恩愛の道は断ちがたいことなので、そのように思われるのでしょう。生を受けてからこのかた、楽しみが栄えること、歴史に累を見ませんでした。天皇の外戚として、公卿・大臣の位まで到達されたので、今生の栄華に思い残すことはありません。今また、このような憂き目に遭うのも、前世から引き継いだ宿業なので、世も、人も、神も、仏も、恨んではなりません」

「梵天王がその王宮で禅定に入って楽しむことも、思えば、ほどなく終わります。いわんや、雷光朝露のようにはかない下界の命であればいうまでもありません。千年の寿命と言われる「とう利天」から見えれば、人間の百年など一夜のもの。宗盛殿の39年も、一瞬のことです」

「不老不死の薬を飲んだ者はいません。長寿といわれた東方朔や西王母の寿命も終わり、絶大な権勢を誇った秦の始皇帝もついには「り山」の墓に入り、命を惜しんだ漢の武帝も空しく杜陵の苔に朽ちました」

「生ある者は必ず滅し、釈迦ですら「せん壇」の煙を免れることはできません。楽しみ尽きて、悲しみ来る。天人なお五衰の日に逢うといいます。それゆえ、仏は、『我心自空、罪福無主、歓心無心、法不住法』と説かれました。善も悪も空(くう)と感じるのは、正しく仏の心にかなうことです」

「阿弥陀如来がとほうもない時間を費やして、得難い衆生済度の誓願を起こされたというのに、どうしてわれらが、億万年の間、生死を輪廻するという、宝の山の中で空しく手を伸ばすようなことをする必要がありましょう。恨みの中に恨みをつらね、愚かしく、口惜しいことです。今は、余念はお捨てなされ」

 そう戒を授けた湛豪は、宗盛にしきりに念仏を勧めました。宗盛も、しかるべき禅知識と思い、たちまち、妄念を翻し、西へ向かって手を合わせ、声高に念仏を唱えました。

 そこで、橘右馬允公長が、太刀を引き寄せて、左から宗盛の後ろに回りました。いざ、刀を下ろそうという時に、宗盛が念仏をやめ、「清宗もすでに切られたのか」と聞いたことは、哀れです。公長が下がると、宗盛の首は前に落ちました。

 湛豪も涙にむせび、猛き武士たちも皆、袖を濡らしました。

 この公長という者は、平家伝来の家人で、長く平知盛の元で朝夕、伺候していました。「世に従うのが習いとはいいながら、無下に、情けのない者かな」と人々は、公長を蔑みました。

 湛豪は、清宗にも同様に受戒し、念仏を勧めました。清宗は、湛豪に、「父の最期はどうでしたか」と聞くと、湛豪は「立派な最期でした。ご安心くだされ」と答えました。清宗は、「今は憂き世に思い残すことはない。されば、切ってください」と、首を伸ばしました。今後は、堀弥太郎親経景光が太刀を振りました。

 宗盛と清宗のむくろは、公長がはからい、同じ場所に埋めました。宗盛があまりに未練を残していたからでした。

 元暦2年(1185年)6月24日、平宗盛と清宗父子の首が都へ入りました。検非違使が三条河原に出て、受け取り、三条を西へ、東洞院を北へ、大路を引き回しました。その後、獄門の左の樗(おうち)の木にかけられました。昔から三位以上の者の首が大路を渡されたことは、異国には例があるかもしれませんが、わが国では未だ先例を聞きません。平治の乱の際も、信頼は、たいへんな悪行をした者で、首ははねられましたが、大路を渡されることはありませんでした。平家の世が訪れて、初めて、三位以上の者の首が大路を渡されました。

 平宗盛は、西国で生け捕りにされて、生きたまま六条通りを東へ引き回され、東国から帰ってから、死んで三条通りを西へ渡されました。生きての恥、死んでの恥、いずれも劣りません。

(2012年2月10日)


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