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(61)卒塔婆流し

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 藤原成経と平康頼の2人は、毎日、三所権現に参拝し、ときに夜を明かすこともありました。

 ある夜、2人で夜通し、今様を歌い、舞を舞って、明け方、疲れて少しまどろんでいたところ、康頼が夢を見ました。

 康頼の夢では、沖から白い帆を掛けた小舟が一そう、岸へ漕ぎ寄せ、船の中から紅の袴をはいた女房たち2、30人が渚にあがりました。鼓を打ち、声をそろえて、

  万づの仏の願よりも 千手の誓ひぞたのもしき

  枯れたる草木も忽ちに 花さき実なるとこそ聞け

と推し返し、推し返し、3返、歌いあげ、かき消すようにいなくなってしまいました。

 康頼は夢から覚めて後、不思議に思い、「いかさまにも、これは龍神の化現と覚えました。熊野三所権現のうち、西の御前(結宮)というのは、本地の千手観音です。龍神はすなわち、千手観音の眷属守護神の二十八部衆のひとり。なので、私たちの願いを聞き入れてくれたのだったら頼もしい」と言いました。

 また、2人で徹夜をした時の夢にも、沖から吹き付けてくる風が木の葉を2葉、2人のたもとに吹きかけました。何ともなしに取り上げてみると、熊野の神木の南木(なぎ)の葉でした。

 その2葉には、歌が一首、虫がくったように記されていました。

  ちはやぶる神に祈りの繁ければなどか都へかえらざるべき

 康頼は、あまりの故郷恋しさにまかせて、せめてもの行いとして、千本の卒塔婆(そとば)を作り、阿字の梵字、年号・月日、俗名・本名、そして、2首の歌を書きつけました。

  薩摩方おきの小島にわれありと親には告げよ八重の潮風

  思ひやれしばしと思ふ旅だにもなお故郷は恋しきものを

 康頼はこれらを港へ持っていき、「南無帰命頂礼、梵天帝釈、四大天王、堅牢地神、王城の鎮守諸大明神、別しては熊野権現、安芸の厳島大明神、せめて、一本なりとも、都へこの思いを伝えてください」と、沖から白波が寄せては返すごとに、卒塔婆を浮かべて流しました。

 その後、卒塔婆を作っては海に流したので、日がたつにつれて、流された卒塔婆の数も増えていきました。その思いが風の便りとなったのでしょうか、また、神明仏陀が届けたのでしょうか、千本の卒塔婆のうちの一本が、安芸の国の厳島大明神の前の浜にあがりました。

(2011年10月17日)


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