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ミニシアター通信平家物語 > (382)北条時政と六代御前

(382)北条時政と六代御前

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登場人物:六代御前、平維盛北の方、北条時政、斎藤五、斎藤六

 源義経の代官として京都を守護していた北条時政が、菖蒲谷を囲み、平家嫡流の男子で、平清盛の孫の平維盛の息子・六代御前を差し出すように伝えました。六代御前の母である維盛の北の方や乳母たちは泣き叫び、悲しみ、混乱に陥りましたが、少年の六代御前は、大人びていました。もはや逃れられません、しばらくしたら北条とかいう者にいとまをもらって帰ってきますから、と母を慰めました。

 母の北の方は、泣く、泣く、六代御前に着物を着せ、髪の毛をくしでとかし、いざ出発というときに、小さくて美しい黒檀の数珠を取り出し、「よく心掛けて、この数珠で最後の時まで念仏し、極楽へ参られよ」と六代御前に持たせました。六代御前は数珠をつかみ、「母上とは今日をかぎりでお別れです。今はなんとしても、父上のおられる所へ参りたいと思います」と告げました。すると、10歳になる妹の姫君が、「私も行く」と続いて出ましたが、乳母の女房が抱きとめました。12歳の六代御前は、見目がうるわしく、普通の14、5歳よりも大人びていて、やさしい少年でしたので、敵に弱みは見せまいとつかんだ袖のすき間から、涙がこぼれ落ちました。

 六代御前は輿に乗りました。武士たちが警護し、出発しました。北の方・六代御前・姫君に仕えていた斎藤五、斎藤六も、輿の左右についていきました。時政が、乗り換えの馬の手綱を取っていた者を下馬させて、馬に乗るよう勧めましたが、2人は馬に乗りませんでした。大覚寺から六波羅まで、徒歩で付き添いました。

 北の方と乳母の女房は、天を仰ぎ、地に伏して、六代御前を悶えこがれました。北の方が乳母の女房に告げました。

「このごろ、平家の子どもたちを捕まえて、水に入れ、土に埋め、あるいは、締め殺し、刺し殺し、様々にして亡きものにしていると聞いている。わが子も、何としても殺されるに違いない。少し年が高いので、きっと、首を切られるのでしょう」

「世間の子は、乳母に出して、時々、見に行くこともあります。それでも、恩愛の道は悲しい習い。ましてや、産んでからずっと、片時も離さなかった子。朝夕に、維盛様と2人で育てたのに、維盛様に死に別れ、姫君と若君を左右に置いて慰めにしていた。今でも姫君がいますが、若君はもういない」

「今日から後は、どうすればよいでしょう。この3年の間、夜に、昼に、びくびくしながら暮らし、いつかはと覚悟はしていましたが、さすがに、昨日、今日のことになろうとは思ってもおらず、日頃は長谷寺の観音様を、どのようなことがあろうともお見捨てにはならないと頼みにしていましたが、ついに捕らえられてしまったことの悲しさよ。私もただ今、死にます」

 と言葉を尽くし、袖を顔に押し当てて、さめざめと泣きました。北の方は夜になっても、胸が塞ぎ、少しも寝付けません。ややあって、乳母の女房に告げました。

「ただいま、少しまどろんだ夢に、あの子が白い馬に乗ってやって来て、『あまりに恋しくて、しばしのいとまをもらってきました』とそばに来て、世を恨めしそうにしていましたが、いかほどもなく目がさめてしまい、近くを手で探りましたが誰もいませんでした。夢ですら一瞬のことで、すぐにさめてしまう悲しさよ」

 北の方は、涙を流しながら、語りました。そのようにして、涙で床が覆われてしまうようにして、長夜をなんとか明かしました。時を知らせる役人が時間を告げて、夜が明けました。

 斎藤六が菖蒲谷に戻ってきました。北の方が「いかが」と聞くと、斎藤六は、「今までのところ、別段のことはありません。ここに文があります」と答え、手紙を取り出しました。北の方が開けると、

「今までのところ、別段の子細はありません。たいへん心を痛めていると思います。私もそちらの皆が恋しいです」

 と、大人びて書かれていました。北の方はその文を顔に押し当てて、ひと言も言わずに、寝込んでしまいました。

 そのようにして時間が過ぎ、斎藤六は、「時が立つのも、おぼつきません。御返事をいただいて帰ります」と告げました。北の方は、泣く、泣く、返事を書いて渡しました。斎藤六はいとまを請うて、出ていきました。

(2012年2月14日)


(383)文覚と六代御前

(384)斎藤五、斎藤六

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