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(335)平維盛の入水

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登場人物:平維盛、斎藤時頼、武里、平資盛

 平維盛に続き、重景と石童丸が那智の沖で小舟から入水すると、舎人の武里も後を追って海に身を投げようとしました。 しかし、高野の聖と呼ばれた斎藤時頼に押さえられました。時頼は、泣く、泣く、なだめました。

「どんなに情けないやつでも、君の御遺言を違えることはしないぞ。これだから下郎は、たわけだ。今は何をしても命を長らえ、維盛殿の菩提を弔うのだ」

 時頼から諌められた武里ですが、「遅れた悲しさに、追善供養のことなど考えられない」とわめき、船底でのたうちました。その有り様は、昔、釈迦が北インドの檀特山へ入ったときに、従者が馬を与えられ、泣きながら王宮に帰った悲しさも、これには勝るとは思えないほどでした。

 時頼は、維盛・重景・石童丸の死体が浮きあがってこないかとしばらくは船を回遊させていましたが、3人とも深く沈んで、死体は見えませんでした。いつしか、経を読み、亡霊の追善供養をしていたことはあわれです。

 そのようにしているうちに、夕日が西に傾き、海の上も暗くなりました。名残は尽きないのですが、そのままそこにいてもしかたがありませんので、主のいない船で岸に帰りました。櫂にかき上げられる波のしずくと、時頼の袖から伝う涙が、区別できませんでした。

 時頼は高野山へ帰り、武里は、泣く、泣く、屋島へ行きました。

 屋島では、武里は、平維盛の弟の新三位中将・平資盛に、手紙を渡しました。資盛は手紙を読み、嘆きました。

「ああ、心憂い。私が思っていたほど、兄上は私のことを思ってはくださらなかった。もし思っていてくれたら、私もいっしょに連れて、同じ場所で入水したものを。別々に伏すことこそ、悲しい。平宗盛殿も、二位の尼殿も、兄上が『頼朝に心を通わせて、都へ行ったのだろう』と、われら弟たちにも心を隔てているが、兄上は、那智の沖にて、御身を投げたのだ。何か、言葉は残していないか」

 武里は、維盛から告げられたことを伝えました。

「伝えよと仰せられたことは、『言うまでもないことだが、大方の世間はもの憂く、よろずに味気ないものですが、一門の人々に知らせずしてこのようなことになった理由は、西国にて平清経、一の谷にて平師盛が亡き人となり、そのうえ、わが身さえこのようになっては一門の方々がどれほど頼りなく思われるだろうと、ただ、それのみが心苦しかった』」

 その後、「唐皮の鎧」「小烏の太刀」のことまでも細々と語り伝えました。資盛は、「こうなったうえは、わが身とて、生き長らえることはできない」と袖に顔を押し当てて、さめざめと泣きました。資盛は、維盛ととても似ていたので、資盛が泣く様子を見た侍どもは、こぞって袖を濡らしました。平宗盛、二位の尼も、「維盛も、池大納言・平頼盛のように、頼朝に心を通わせて、都にいるのだと思っていたが、そうではなかったのだ」と、今更ながら、悶え、こがれました。

(2012年2月2日)


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