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登場人物:平重衡、木工知時、土肥実平、民部卿入道・親範の娘
平重衡(しげひら)の年来の侍に、右馬允・木工(むく)知時という者がいました。鳥羽天皇皇女・八条女院にも仕えていたのですが、重衡が捕らえられている邸へ行き、警護役の土肥実平に会いに行きました。
「私は年来、三位中将・重衡殿に召し使われた某というものですが、今日、大路を引き回される重衡殿を見ました。目も当てられず、あまりにお痛わしいお姿でした」
「知時一人、お許しを得て、今一度おそばに仕え、はかなき昔話をしてお慰めすることに何か不都合がありましょうや。弓矢取る身ではないので、いくさに付いて行ったことはありません。朝夕、ただおそばに仕えていただけです。それでもなお、心配というなら、腰の刀をそちらで留め置かれて、まげて、どうかお許しください」
知時がそう頼むと、土肥実平は情けを知る者なので、「まことに御身一人は問題ありません。されど」ということで、腰の刀を取り置きました。知時はたいへんよろこび、急ぎ参上しました。
知時が会うと、重衡は姿もしおれかえって、面会すると、知時は涙を抑えきれなくなりました。重衡は夢を見ているような心地がして、言葉が出ません。ややあってから、昔のこと、今のことなど話しました。その後、重衡は、「それにしても、お前に使者をしてもらったあの人は、いまだ、内裏にいるか」と尋ねました。知時は「そう聞いています」と答えます。
重衡は告げました。
「わたしが西国へ下った時、文も遣らず、伝言も残さなかったので、あの人が『交わした世の契りは皆いつわりになったものよ』と思うことが恥ずかしい。文を出したいと思うが、どう思う。尋ねていってくれるか」
重衡がそう告げると、知時は「お安いことです」と答えました。重衡はたいへんよろこび、すぐに文を書きました。
知時は文を受け取り、退出しようとしました。すると、守護の武士たちが、「どのような文でありますか。見せてください」と申し出ました。重衡が「見せよ」というので、見せました。武士は、問題ないと、文を返しました。
知時は、文を持って、急ぎ内裏へ参上しました。昼は人目があるので、その辺りの小屋に隠れ、日が暮れてから、例の女房の局の下口辺りにたたずんで、聞き耳を立てました。すると、例の女房の声とおぼしき声が聞こえました。
「なんということ。何人もいる公達の中で、重衡様一人がこのようなことになってしまいました。人は皆、奈良を焼いた伽藍の罰と言い合っているし、中将殿(重衡)もこう言っていました。『焼こうと思って焼いたわけではありませんが、悪党が多かったので、手に手に火を放ち、多くの堂塔を焼き滅ぼした。末の露本の雫のためしがあるので、わが身一つが罪を背負おう』と。まことにそうだと思われる」
女房はそう告げ泣きました。知時は、こうまで嘆くことのいとおしさに、「もし」と声を掛けました。「何か」と返事があります。知時は、「ここに本三位中将殿(重衡)からの文があります」と告げました。すると、今までは恥ずかしがって人に見られることがなかった人が「どこに、どこに」と走り出て、自ら手紙を受け取りました。重衡の手紙には、西国で生け捕られた様子や、今日、明日をも知れぬ身の行方など、細々と書かれ、奥に一首ありました。
涙川浮名を流す身なりとも
今一度(ひとたび)のあふせともがな
女房はこの手紙に顔を押し当てて、声も出しませんでした。そのまま、伏してしまいました。そうして、時間がずいぶんとたち、知時は、「御返事をいただいて、帰ります」と申し出ました。女房は、泣く、泣く、返事をしたためました。心にかけながら気がふさいでこの2年を送った様子などを細々と書き、一首、したためました。
君故にわれもうき名を流すとも
底のみぐくと共になりなむ
知時はその手紙を受け取って、戻りました。守護の武士どもがまた、「どのような手紙か、見せてください」と告げましたので知時が見せ、「問題ない」と通しました。重衡は女房からの手紙を見てたいそう想いを募らせたのでしょう、しばらくしてから、土肥実平を呼び、頼み込みました。
「それにしても今回の各々方の情け深いお心遣いは、ありがたく思っています。今一つ、情けをいただきたいことがあります。私には子どもが一人もありませんので、浮き世に思い残すことはありません。しかし、年来、契りを結んだ女房に今一度対面し、後世のことを言い置きたいと思いますが、どうでしょう」
土肥実平は情けを知る者なので、「まことに女房のことなら、問題ありません。早くなされよ、早くなされよ」と許しました。重衡はたいへんよろこび、人に車を借りて、女房を迎えにやりました。女房は取る物も取らず、急ぎ車に乗ってやって来ました。
(2012年1月30日)
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