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(310)平忠度の最期

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登場人物:平忠度、岡部六弥太忠純

 薩摩の守・平忠度は、一の谷の西の手の大将軍でした。その日の出で立ちは、紺地の錦の直垂、黒糸縅の鎧、太い黒い馬に「い懸け地」の鞍を置いていました。100騎ほどで源氏に囲まれていました。しかし、少しも騒がず、防ぎ、防ぎながら退却していました。

 そこに、武蔵の国の住人で岡部六弥太忠純がよき敵と目をかけ、馬を駆けさせて追いかけました。

「あれはいかに。よき大将軍とこそ見える。見苦しくも敵に後ろを見せるものかな。返せ、返せ」

 岡部六弥太忠純がそう声を掛けると、忠度は振り返って「味方ぞ」と声を掛けましたが、振り向いたその甲の内を見ると、歯を黒く染めていました。

 岡部忠純は、「あれ味方に、お歯黒をした者はいない。いかようにも、これは平家の公達に間違いない」と馬をおし並べて組みました。それを見た忠度の兵たちは諸国から集めた借りものの武士でしたので、1騎も戦おうとせず、われ先に皆、逃げていきました。

 忠度は熊野育ちのうえにうわさに聞こえた怪力で、屈指の早業の持ち主。岡部忠純をつかみ、「味方といっているので、味方ということにしておけばよいものを」と、引き寄せ馬の上で2太刀、落ちていく時に一太刀、合計で3太刀、突きました。2刀は鎧の上なので通りませんでしたが、1刀は内甲へ突き入れました。しかし、浅傷なので致命傷にはならず、取り押さえて首をかこうとしました。

 そこに岡部忠純の童が遅ればせながらやってきて、馬から飛び降り、太刀を抜き、忠度の右ひじを根元から切り落としました。忠度は、もはやこれまでと思ったのでしょう、「しばしのけ。最後の念仏を十回唱えさせろ」と、岡部忠純をつかんで弓の長さ程(約2メートル)投げ飛ばしました。その後、西へ向かい「光明遍照十万世界、念仏衆生摂取不拾」と唱えているときに、念仏が終わってもいないのに、岡部忠純が後ろから忠度の首を取りました。

 岡部忠純はよい首を取ったとは思いましたが、名前を誰も知りませんでした。しかし、えびらに結び付けられた文をほどいて、見るてみると、「旅宿花」という題の歌が一首、詠まれていました。

  行き暮れて木の下陰を宿とせば

    花や今宵の主ならまし

 そして、忠度と記されていました。岡部忠純はようやく、薩摩の守・平忠度を討ち取ったことを知りました。すぐに首を太刀の先に貫き、高くかかげ、大声で、「このごろ、日本国に鬼神ありと聞こえた薩摩の守殿を、武蔵国の住人・岡部六弥太忠純が討ち取った」と名乗りました。敵も味方もそれを聞き、「ああ残念だ。武芸にも歌道にも優れ、よき大将でもあった人を」と皆、鎧の袖を濡らしました。

(2012年1月24日)


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