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ミニシアター通信平家物語 > (308)鵯越(ひよどりごえ)の坂落とし

(308)鵯越(ひよどりごえ)の坂落とし

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登場人物:源義経、武智清教、越中盛俊、佐原義連、村上判官代康国

 梶原勢をはじめとして、生田の森では、源義経1万騎から7000騎を預けられた土肥実平の主力が、三浦氏、鎌倉氏、秩父氏、足利氏、党では、猪俣党、児玉党、野井与党、横山党、西党、綴喜(つづき)党をはじめとする私の党の強者たちが攻め寄せ、源平が入り乱れて戦いました。わめき声は山をも揺らし、すれ違う馬の音は雷のごとく響きました。降る矢は雨のごとし。傷を負いながら戦う者、引き組み、差し違えて死ぬ者、取り押さえて首を掻く者、掻かれる者もあり、絶え間なく戦いました。そのように源氏は激しく攻めましたが、正面からの戦いでは源氏はかないそうにありませんでした。

 寿永3年(1184年)2月7日の曙、土肥実平に7000騎を預け、自らは別動隊として3000騎を率いていた大将軍・源義経は、鵯越(ひよどりごえ)に登り、人馬を休めていました。その時、軍勢に驚いたのか、牡鹿が2頭、牝鹿が1頭、平家の城郭がある一の谷へ降りていきました。平家の兵たちは鹿が降りる様子を見て、「たとえ人里近くに住む鹿でも、われらに恐れをなして山奥に逃げ込むというのに、今、鹿が落ちてきたことは怪しい。もしや、山の上から敵が軍勢を落としてくるかもしれないぞ」と、大騒ぎになりました。

 伊予の国の住人・武者所の武智(たけち)清教が進み出て、「たとえ何者であろうとも、敵の方角から出て来る者を、通すわけにはいかない」と、牡鹿2頭は射て、牝鹿1頭だけを通しました。それを見た越中前司盛俊が、「無益な殿ばらの鹿の射り様かな。ただ今の矢一筋で、敵の10人を防げるものを。無益な罪作りに矢を使うな」と諌めました。

 源義経は、平家の城郭をはるか下に見下ろしていました。馬を落としてみよと命じ、馬を数頭、落としました。途中で転ぶ馬もあり、足を折って死ぬ馬もいました。しかしその中で、鞍を置いた馬3頭が坂を下り落ち、越中盛俊の屋形の前にたどり着き、身震いしました。

 義経は、「馬は、乗り手が心得て落とせば、それほどの数を損ずることはない。さあ落とせ。義経を手本にせよ」と、まず30騎を引き連れて、自ら先駆けて落ちていきました。3000騎が続きました。

 坂は小石交じりの砂で、まず、2町(約220メートル)ほど流れ落ちて、坂の途中の段になっている場所で止まりました。そこから谷底を見下ろすと、岩肌に苔がむしていましたが、つるべを落とすように垂直に14、5丈(約42〜45メートル)、落ちました。そこから先は進めるようには見えません。しかし、後戻りもできないので、兵たちはここが最後と言い、あきらめて留まっていました。

 その時、三浦の十郎・佐原義連が進み出て言いました。

「われらが住んでいる三浦では、鳥を一羽追うにも、朝夕にこのような場所を駆けています。ここは三浦では馬場に等しい」

 そう告げ、佐原義連は真っ先に駆けて行きました。大軍が続いて、落ちました。後陣で落とす者の馬の鼻が、先陣で落とす者の甲にさわるほど。あまりのおぼつかなさに、目を塞いで落としました。「えいえい」の声も忍ばせて、馬を御して落とす様は、人の行いとは見えず、まさに、鬼神の所為。落とし終わらないうちに、ときの声をどっとあげました。3000騎の声でしたが、やまびこが加わり、10万騎のときの声に響きました。

 鵯越(ひよどりごえ)の坂を落とした源氏は、村上判官代康国が平家の屋形・仮屋に火をつけて焼き払いました。黒煙が回ると、平家の兵たちは、もしや助かるのではと、前の海へ駆け込みました。汀には味方の船がありましたが、一そうに鎧を着た兵が4、500人、1000人乗ったのでどうすればよいというのでしょうか、汀から3町(約330メートル)ばかり漕ぎだすと、目の前で大船3そうが沈んでしまいました。その後は、身分のある者だけを乗せ、下級の者は乗せるなと、船の中から太刀、長刀で打ち払いました。しかし、それを知りながら、敵と戦っても死ななかった兵たちが、乗せないという船にとりつき、つかみ、肘を切られ、腕を落とされて、一の谷の汀に血を流しながら倒れました。

 大手でも、浜の手でも、武蔵・相模の東国兵たちが、おもても振らず、命も惜しまず、ここを最後と攻め戦いました。能登殿・平教経は度々の戦いでも一度も不覚をとらなかった強者ですが、今度はどう思われたのでしょうか、薄墨という馬に乗って、西を指して逃げていきました。播磨の高砂から船に乗り、讃岐の屋島へ渡りました。

(2012年1月24日)


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