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(301)鵯越(ひよどりごえ)

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登場人物:平宗盛、平教経、平通盛、能行、源義経、土肥実平、平山季重、別所清重

 平宗盛は、一門の人々へ、安芸右馬助能行を使者に立て、「源義経が三草山の搦め手を攻め破り、すでに乱入していると聞く。山の手が大事なので、各々方、向かわれよ」と告げました。しかし、皆、尻ごみしました。

 使者は、能登殿・平教経へも遣わされました。教経は引き受けました。

「いくさは、狩りや漁のように、足場の良い場所へ行き、悪い場所へは行かないということでは、勝つことなど難しい。幾たびでもおいで下さい。厳しい方へは、教経が承って、向かいましょう。一方の敵は破ってごらんにいれます。安心してください」

 教経がそう告げると、平宗盛はたいへんよろこびました。越中前司盛俊をはじめ1万騎を、教経につけました。教経は、兄の平通盛を連れ、山の手へ向かいました。この山の手というのは、一の谷の後ろ、鵯越(ひよどりごえ)のふもと。

 通盛は、教経の仮屋に北の方を迎えて最後の名残を惜しみました。しかし、教経が激怒し、「この手は要として教経が向けられた場所。いま、この山の上から敵がなだれ込んできたら、取る物も取り合えない有り様。たとえ弓を持ったとしても矢を射ることができなければ意味がない。たとえ矢を持ったとしても弓を引けなければどうにもならない。まして、そのように、くつろいでいたら、何のためになるというのだ」と諌めたので、通盛は「たしかに」と思ったのでしょうか、急ぎ物の具を身に着け、北の方を返しました。

 寿永3年(1184年)2月5日の日暮れ、源義経1万騎は、昆陽野を出発し、じょじょに生田の森へ近づきました。雀の松原、御影の松から昆陽野の方角を見渡すと、源氏がそこかしこに陣を取り、遠火をたいていました。夜が更けるままに眺めると、山の端から月が出るように明るく見えました。平家も遠い火をたけとなり、生田の森を焼きました。明け行くままに見渡すと、晴れた空の星のよう。伊勢物語の「河辺の蛍」と詠まれた情景を、いまこそ、知ったことでしょう。このように、源氏は、ここに陣を取っては馬を休め、あそこに陣を敷いては馬に飼葉をやり、急ぐ様子がありません。しかし、平家のほうでは、今来るか、今来るかと構えて、心が休まりません。

 寿永3年(1184年)2月6日の曙、源義経は1万騎を2手に分けました。7000騎を土肥実平に預け一の谷の西の木戸口へ向かわせました。自らは、一の谷の後ろにある鵯越(ひよどりごえ)を下りようと、3000騎を率いて、丹波路から搦め手へ向かいました。

 兵たちは「ここはうわさに聞こえる難所。同じ死ぬにしても、敵に逢ってこそ死にたい。悪所に落ちて死ぬのは嫌だ。だれか、この山の案内者はいないのか」と口々に言いました。武蔵の国の住人・武者所の平山季重が進み出て、「季重こそこの山の案内に通じています」と進言しました。源義経は、「お前は、東国育ちの者が西国の山の案内に通じているという。信用できないのだが」と尋ねました。季重は重ねて、「義経殿のお言葉とは思えません。歌人は見たことはなくても吉野と初瀬の桜を知っています。敵が籠った城の後ろの案内は、剛の武士が知るところです」と言いました。なんとも、傍若無人な、もの言い。

 武蔵の国の住人で18歳の小太郎・別所清重が進み出て言いました。

「父の義重法師から教えられたことに、たとえば、『山越えの狩りをせよ、または、敵にも襲わよ』『深山に迷ったときは、老馬に手綱を結び、けしかけ、先に追い立てて行け。必ず道へ出る』とあります」

 源義経は、「よく言った。故事にも『雪は野原を埋めたりといえども、老いた馬は道を知る』というたとえもある」と、白葦毛の老婆に鏡鞍を置き、白く磨いた鉄のくつわをつけ、手綱を結んで先に追い立て、未だ知らない深山へ行かせました。

 時候は2月の初め。峯の雪が溶けて花が咲いていると思われる所もあり、谷のウグイスの声に誘われて霞に迷う場所もありました。登れば、峯の白雪がしろじろと高くそびえ、下れば絶壁が高くそびえていました。まさに古今集の『松の雪だに消え』とやらで、苔の細道がかすかに通っていました。雪が嵐にともなって落ちる折は、梅の花にも見えました。鞭を左右に振り、駒を早めていくほどに、山路に日が暮れ、皆、下りて陣を取りました。

(2012年1月20日)


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