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(245)平経正

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登場人物:平経正、守覚法親王、有教、青山(琵琶)、行慶

 宗盛のすぐ下の弟・経盛の子の平経正は、幼少の時、仁和寺の後白河法皇第4皇子・守覚法親王の御室の御所に、稚児として仕えていました。平家の都落ちという混乱の中でも、守覚法親王の名残を思い出し、侍5、6騎を連れて、仁和寺へ馳せ戻りました。

 経正は急ぎ馬から降りて、門を敲きました。

「安徳天皇はすでに都を出ました。一門の運命も今日限り。浮き世に思い残すこととしては、ただ君の名残ばかり。8歳の年からこの御所に参上し、13歳で元服するまで、病気の時のほかは、かりそめにも御前にいないことはありませんでした」

「今日、西海千里の波路へ向かえば、またいずれの日に戻ることができるのかわからなくなることの口惜しさ。今一度、御前に参上し、君を見たいと思いますが、鎧甲冑姿で弓を帯びたいくさ姿、御前に出ることは遠慮します」

 守覚法親王はあわれに思えて、「かまわない、そのまま来なさい」と招き入れました。

 経正のその日の出で立ちは、紫地の錦の直垂に、萌黄匂の鎧、鞘の先まで黄金に長く覆った太刀、24本の切斑の矢、滋藤の弓で、甲を脱いで高ひもに掛け、御座所の前の小庭に畏まりました。

 守覚法親王はすぐに出てきて、御簾を高く上げさせ、「こちらへ、こちらへ」と呼びました。平経正は、縁側の広間に上がりました。

 平経正は、供の藤兵衛尉・有教を呼び、赤地の錦の袋に入れた琵琶を、御前に差し出しました。

「先年に下された『青山(せいざん)』を持って参りました。手放すのは惜しいのですが、このようなわが国の宝を、田舎の塵にしてしまうことの悔しさを思えば、ここに置いていきます。もし、運命が開けて都を帰ることがあったら、その時、改めて下さい」

 守覚法親王は哀れに思え、一首、詠みました。

  あかずして別るる君が名残をば

    後の形見につつみてぞおく

 「古今集」の別離の歌「あかずして別るる袖の白玉は君がかたみとつつみてぞおく」(読み人知らず)をくんだ歌でしたが、平経正も、一首、書き置きました。

  呉竹の筧(かけひ)の水は替れども

    猶すみあかぬ宮の内かな

 都の姿は変わってしまいましたが、この仁和寺の御所の内側は…と詠んだ歌でした。平経正は、御前から退出しました。

 あまたの稚児、清僧(不犯の独身者で、持仏堂の法事などを勤める僧)坊官(妻帯の僧)、侍僧(警護の僧)に至るまで皆、経正の名残を惜しみ、袂にすがり涙を流し、袖を濡らしました。

 中でも、幼少の時に経正の小師だった、葉室大納言・光頼の子で大納言の法印・行慶は、あまりに名残を惜しみ、桂川の端まで見送りました。そこでいとまごいをして帰りましたが、行慶は、泣く泣く、歌に思いを託しました。

  あはれなり老木若木も山桜

    あくれ先だち花は残らじ

 経正は、

  旅衣よなよな袖をかたしきて

    思へばわれは遠く行くなむ

 それから経正は、畳んでいた赤旗を出して、かざしました。すると、そこ、かしこに控えていた100騎あまりの侍たちが姿を現し、むちをあげ、駒を早め、ほどなく、御幸の行列に追いつきました。

(2011年12月30日)


(246)青山の沙汰

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