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(212)祇園女御

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登場人物:祇園女御、平清盛、平忠盛、白河院、鳥羽天皇

 また、ある古老がいうには、平清盛はただの人ではなく、まことには、白河院の子であるといいます。その所以は、去る鳥羽天皇の永久(1113年-1118年)のころ、祇園女御という、白河院の寵愛を受けた女御がいました。祇園女御は東山のふもと、祇園の辺りに住んでいました。白河院は常に祇園女御の家に通っていました。

 ある時、白河院が、殿上人一両人と、北面の武士を数人連れて、祇園女御のもとにお忍びで御幸しました。時候は5月20日ばかり。まだ宵の口でしたが、五月雨が降りしきり、何事もうっとうしいころでした。

 祇園女御の住まいの近くに御堂がありました。その御堂の傍らに、何やら光る物が出てきました。その光る物は、頭は磨きあげた銀の針のようにきらめき、片手には槌(つち)のようなものを持ち、もう片方の手には光る物を持っていました。

 これこそ、まことの鬼ではないだろうか、手に持っているものは、うわさに聞く打出の小槌だ、と驚き、「どうしたものか」と白河院も、臣下の者も騒ぎました。

 白河院は、その時は北面の武士として供奉していた清盛の父・平忠盛を呼び、「この中にお前がいた。あの者を射殺し、斬り捨てよ」と命じました。忠盛は畏まって命を受け、あやしき物に歩み寄りました。

 忠盛は、心の中で、「この物はさして猛き者には見えない。思うに、狐、狸の仕業であろう。これを射殺し、斬り捨てたら、無下なことだ。どうせなら、生け捕りにしよう」と思いました。

 あやしき物は、2、3回、光っては消えを続けました。忠盛が走り寄って組みました。あやしき物は、「これはどうしたことか」と声に出して騒ぎました。

 光を発していたのは、変化の物ではなく、人でした。人々は集まってきて、手にした明かりで上下から照らすと、60歳ほどの法師でした。御堂の仏具、法事などに従事する承仕法師で、仏の燈明を灯そうと、片手には、油を入れた取っ手のある手瓶(かめ)を持ち、もう片方の手に持った土器に火を入れて持っていました。雨が降りそそいでいましたので、濡れないように、小麦のわらを結んで被っていました。その被り物が、土器に入れた火に照らされて輝き、ひとえに、銀の針のように見えたのでした。ことの次第がすべて明らかになりました。

 白河院は、「これを射殺し、斬り捨てたら、いかにしても無下だった。忠盛の振る舞いこそ、まことに、思慮深い。弓矢を取る者は優雅だ」と感心し、なみなみならぬ寵愛をそそいでいた祇園女御を、忠盛に与えました。その時、祇園女御には子どもがいました。白河院は、「産まれた子が女ならば、朕の子にしよう。男ならは、忠盛が引き取り、弓矢を取る者に育てよ」と告げました。祇園女御は、男の子を産みました。何かあってはいけないからと公にはしませんでしたが、内々で、出生を祝いました。

 忠盛は、機を見て白河院に、男子が産まれたことを奏上しようと思いましたが、しかるべき機会がありませんでした。ある時、白河院が熊野へ御幸しました。紀伊の国の絲鹿坂という場所で、腰を下ろして、しばらく休息を取りました。

 その時、忠盛は、藪にたくさん生えていたむかごをもいで袖に入れ、白河院の御前に行きました。

  いもが子は這う程にこそなりにけれ

 と忠盛が告げると、白河院はすぐに理解して、下の句を続けました。

  ただもり取してやしなひにせよ

 それから、忠盛は、男の子を自分の子として育てることにしました。この若君は、あまりに夜泣きしました。そのことを聞き知った白河院は歌を一首詠み、忠盛に与えました。

  夜泣すとただもり立てよ末の世に

    清く盛(さか)ふることもこそあれ

 その時から、清盛と呼びました。

 清盛は12歳の年に元服し、兵衛佐になりました。18歳で四位に叙され、四位の兵衛佐と言われました。子細を知らない人たちは、「華族の人こそ、そうなるべきだ」と言いましたが、鳥羽院は出生の事情を知っていて、「清盛の家族は人に劣らない」と言いました。

 昔も、天智天皇が、子どもができた女御を、大職冠・藤原鎌足に与え、「この女御の産んだ子が女子なら朕の子にしよう。男子ならお前の子にせよ」といい、男の子が産まれたことがありました。多武峯の本願定恵和尚がその子。上代にもそのような例があったので、末代でも、平清盛は、まことには白河院の皇子であり、そのため、福原遷都などというたやすくはできない天下の大事を思い立つことができたのでした。

(2011年12月20日)


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