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登場人物:文覚、検非違使の役人
文覚が伊豆の国へ遠流を言い渡された時、伊豆の国の守は、三位入道源頼政の嫡子・源仲綱でした。仲綱からの沙汰で、東海道から船で下ることになりました。
伊豆の国への引率として同行する検非違使の下級役人3人が、「庁のしもべの習いだが、このような時は、これにひいきもあるもの。聖の御坊は、知人はいないか。遠国へ流されるのに、土産や食料を所望してはどうか」と言いました。
文覚は答えました。
「文覚にそのような用事を頼む気はない。しかしながら、東山の辺りに知己がある。それなら文を出そう」
役人は、粗悪な紙を差し出しました。文覚は怒り、投げ返しました。
「このような紙にものを書くことはない」
それならということで、役人は厚い鳥の子紙をどこかから持ってきて、文覚に渡しました。
文覚は笑って、「この法師は字を書けない。お前らが書け」と、役人に書かせました。
「文覚は、高雄の神護寺造立供養のために勧進帳を携えてほうぼうの施主に勧めながら歩いたが、このような君の世にあって、寄付を得ることはできなかった。それどころか、遠流されて、伊豆の国へ行きます。遠流ということなので、土産・食料のようなものも大切になります。この使いに渡してください」
役人は、文覚が言うままに書きました。それから、「ところで、誰に書いたのか」と問いました。文覚は、「清水の観音坊へ」と答えました。
役人は、「それは庁の下級役人をからかってのことか」と言いました。文覚は、「あざむく気は全くない。文覚は、清水の観音を深く信仰している。清水の観音のほかは用事を頼む者はいない」と答えました。
そのようにしているうちに、伊勢の国の阿濃津から、伊豆の国へ、船で下りました。
その際、遠江の国の天竜灘(遠江灘)で、突然、大風が吹き、大波が立ちました。今にも船は転覆しそうな雰囲気です。船頭、船員たちも、どうにかしても助かりたいと思いますが、どうにもならないように見え、ある者は観音の名号を唱え、別の者は、最後の祈願をしていました。
文覚は少しも騒ぎませんでした。船底で、高いびきをかいて寝ていたのでした。しかし、船ももう終わりかと思えた時にがばっと起き上がり、船のへに立ち、沖の方をにらみ、大音声をあげ、「竜王や、竜王や、いるか」と叫びました。
「どうしてこのように大願を起こした聖が乗る船を、危うくさせようというのだ。ただ今、龍神どもの天罰が下るぞ」
そのためでしょうか、波風はほどなく静まり、船は伊豆の国に到着しました。
文覚には、都を出た日から心の中に祈願することがありました。「われ都へ帰り、高雄の神護寺造立供養をなすまでは死なない。この願いむなしく終わろうとする時は、道で死ぬべし」
京から伊豆へ着くまで、折節、順風がありませんでした。浦づたい、島づたいに、31日の間、ずっと断食でした。しかし気力は少しも衰えず、船底で行をしていました。
文覚には、ほんとうに、人間とも思えないことが多かったのでした。
(2011年12月11日)
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