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ミニシアター通信平家物語 > (129)三井寺から南都興福寺への牒状

(129)三井寺から南都興福寺への牒状

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 また、園城寺三井寺から、奈良興福寺への牒状は以下のようでした。

園城寺三井寺から奈良興福寺への牒状

 園城寺が、興福寺寺務所へ牒します。特に、力を合わせて、当寺の破滅を助けてほしいと請う状。

 仏法が殊勝である理由は、朝廷の政道である王法を守るためです。王法が長久なのは、すなわち仏法による助けがあるからです。

 ここに、前の太政大臣平朝臣清盛公、法名浄海は、国威をほしいままにし、朝廷の政治を乱し、仏法においても、王法・儒教においても、恨むべき振る舞いをし、嘆かわしいことをしています。

 その折の今月15日夜、後白河法皇の第2皇子・以仁親王が、不慮の難を逃れるために、急に三井寺に入られました。

 ここに、清盛は、後白河法皇からの院宣と称して、以仁親王を引き渡せと、しきりに催促してきています。しかし、衆徒一同は、以仁親王を慕い、以仁親王を渡しません。

 すると、かの清盛は、武士を三井寺へ入れようとしています。

 昔、唐の武帝が軍兵をもって仏法を滅ぼそうとしたとき、中国の五台山である清涼山の衆が合戦をして、仏法の滅亡を防ぎました。

 皇帝ですらこのようなのに、どうして、いわんや謀反人で極めて重い八逆の罪人の輩・平清盛において、同じことをなさざるべきでしょうか。誰が恐れる必要があるでしょう。

 ましてや、藤原氏の氏寺である南都・奈良興福寺は、罪なくして、氏の長者・藤原基房公を配流にされています。会稽の恥をそそぐのは今よりほかありません。

 興福寺の衆徒に願わくは、われらと同心して、内には仏法の破滅を防ぎ、外には悪行の輩を退治すれは、本懐です。衆徒の詮議、かくのごとく決心しましたので牒状をお送りします。

 治承4年(1180年)5月18日、大衆等

(2011年11月22日)


(130)興福寺の返状、その1

(131)興福寺の返状、その2

(132)三井寺での詮議


平家物語のあらすじと登場人物




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