2024年12月12日
左から:戸田彬弘監督、古澤メイ木寺響(写真:竹内みちまろ)
俳優の杉咲花が過酷な家庭環境で育ちながらも「生きること」を諦めなかった川辺市子を演じ第47回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した『市子』(2023年)の戸田彬弘監督が、『市子』でもタッグを組んだ深澤知プロデューサー、さらに脚本家として連続ドラマ『101回目のプロポーズ』(CX)をはじめ数々の名作を世に送り出し現在に至るまで第一線で活躍を続けている野島伸司氏が総合監修を務めるポーラスターとチームを組んで制作した映画『爽子の衝動』(そよこのしょうどう/劇場公開は2025年の予定)が2024年12月16日と23日に、K's cinema(東京・新宿区)にて、音楽、映画、演劇などあらゆるジャンルをクロスオーバーさせる映画祭「MOOSIC LAB 2025」(12月7日~28日/K’s cinema、UPLINK吉祥寺ほか)の「特別招待作品」としてワールドプレミア上映される。同作の初公開となる。
『爽子の衝動』(2025)
・監督・脚本・編集:戸田彬弘
・プロデューサー:深澤知
・出演:古澤メイ、間瀬英正、小川黎、木寺響、黒沢あすか、梅田誠弘、ほか
・概要:ある地方都市で暮らす19歳の爽子は大学に進学して絵を学びたいという夢を持っているものの、2人暮らしで四肢麻痺の父親の介護のため高校卒業後はひもの工場でアルバイトをしながら生活している。爽子は生活保護の申請をするが”水際作戦”で受給できない。福祉サービスも充分でない中、新人訪問介護士・サトがやってきたことで問題が起こり・・・
(C)「爽子の衝動」製作委員会
「爽子の衝動」
映画「爽子の衝動」特報
公開に先立ち、戸田彬弘監督(とだあきひろ/41)、爽子を演じる主演の古澤メイ(ふるさわめい/24)、爽子と同じひもの工場で働くアルバイト従業員役の木寺響(きでらひびき/25)にインタビューを行い、作品に込めた想いと公開直前の心境を聞いた。
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-監督から質問させてください。「ヤングケアラー」や「生活保護」に焦点を当てた作品を作ろうと思ったキッカケを教えてください。
【「ヤングケアラー」とは(政府広報より抜粋)】
本当なら享受できたはずの、勉強に励む時間、部活に打ち込む時間、将来に思いを巡らせる時間、友人とのたわいもない時間といった「こどもとしての時間」と引換えに、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っているこどものこと。
戸田監督:ヤングケアラーの方が先だったと記憶していますが、少し前から問題に対しては非常に引っかかりがありました。
ヤングケアラーに焦点を当てたドキュメンタリーを見たのですが、例えば10代からずっと病気の母親の介護をしていて、学校を卒業しても就職して社会に入ることができず、その方が40歳を超えたくらいにお母さんが亡くなりました。お母さんが亡くなって孤立したとき、自分の生活の中に介護が当たり前に存在していたので自分の半分がなくなったような感覚になる方が多いらしく、 それでうつ病を患ってしまう方もいるそうです。働こうとしても働けないので生活保護を受給したりするケースもあり、そういう事例を聞いたとき、非常に複雑な感情を持ちました。
もし私の周りに同じような環境のヤングケアラーの方がいて、その人が自分の人生を大切にするために家を出て、それで親の方が亡くなってしまったら、世間はヤングケアラーの方を批判すると思いますが、果たして自分は批判できるのか。
ヤングケアラーの問題や介護の問題はこれからさらに広がっていくと思いますが、向き合わなければいけないと思いました。
生活保護の”水際作戦”のニュースを見ても、貧困層だったり社会的弱者と呼ばれる人たちがあまりにも救われないようなことが度々あるのだなと思い、それがずっと自分の中で引っかかっていました。そういった方たちの思いだったり悩みだったりをきちんと描くことで問題提起できるような作品を作りたいと思っていました。
-『爽子の衝動』の主人公・爽子はどんな人なのでしょうか。
戸田監督:19歳の爽子は社会的に生きるには少し難しさを感じるような発達障害の一種であるADHD(注意欠如・多動症)を持つ女の子です。2人暮らしの父親は脳梗塞で四肢麻痺になってしまい、加えて糖尿病からの併発で失明しています。
自分で動くことができず視力も失った父親の介護をADHDの女の子がしていてお金が無くなってしまうのですが、生活保護は“水際作戦”で受給することができません。爽子は申請をするなどの事務的な手続きも苦手で、どうしていいかわからないまま生活しています。
障害年金は受給していて、社会福祉サービスで週2、3回、 訪問介護は来るのですが、充分な生活はできていません。
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-古澤さんにお尋ねします。監督からの説明もありましたが、改めてどんな役柄か教えてください。
古澤:爽子は自分自身がADHDで父親が介護を必要とする状況の中にいるのですが、それでも自分の人生だったり、自分の夢だったりをちゃんと持っている子です。
高校卒業後は介護を続けながらひもの工場でアルバイトをしているのですが、絵が好きで、絵の勉強をするために大学に行きたいと思っていて、アルバイトも大学に行きたいという思いからしています。ただ、実際問題として大学に行くことはできません。
-撮影は終わっているとのことですが、爽子を演じて、ヤングケアラーの問題に対して改めてどんなことを感じましたか?
古澤:ヤングケアラーは社会の中で大きな問題になっていますが、この問題は他人事ではないなと感じました。私も、両親や自分自身にいつどんなことが起こるかわかりません。
ヤングケアラーというカテゴリーが単語としてはありますが、自分が年を重ねていった後でも、両親の介護の問題は考えなければいけませんし、とても身近な問題だなと感じました。
-戸田監督は現場ではどのような監督ですか?
古澤:お仕事を一緒にしたのは初めてでしたが、隙がないなと思いました。
撮影入る前に医療コーディネーターの方をはじめたくさんの専門家の方からお話を聞く機会を設けていただきました。戸田監督は今までにお会いしたどの監督よりも、様々な情報を貪欲かつ誠実に集めていて、だからこそ色々な角度から作品を見ることができるのだなと感じました。
専門家の方からお話を聞くなどをした後に撮影に入ったのですが、1つの作品に対してどこまでも追求する戸田監督の作品に参加できることは本当にありがたいなと思いましたし、自分自身も同じくらいの熱量を持って取り組まなければいけないなと思いました。私もエンジンがかかりましたし、作品に対して貪欲に、誠実に、嘘がなく向き合うことは大事なのだなということに改めて気づかされました。
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-木寺さんにお尋ねします。どんな役柄か教えてください。
木寺:爽子と同じひもの工場で働くアルバイト従業員です。爽子の家庭の事情は知らないのですが「何かあるのだろうな」とは感じていると思います。
-『爽子の衝動』に参加して、俳優としての成長を感じた点などはありますか?
木寺:『爽子の衝動』で映画初出演になります。これまで主にモデルとして活動してきましたが、お芝居を学びたいと思って俳優養成スクール「ポーラスター東京アカデミー」に入りました。「ポーラスター東京アカデミー」に入ってまだそれほど経っていない段階で俳優としてのチャンスを頂きました。
【「ポーラスター東京アカデミー」とは(公式HPから抜粋)】
永きにわたりヒット作を飛ばし続けている脚本家・野島伸司を総合監修にむかえ、芸能プロダクションや劇団に所属せずともドラマ・映画出演のチャンスをつかむことが出来る俳優養成スクール。
-戸田監督はどんな監督でしたか?
木寺:私の偏見かもしれませんが、監督という人は最初にちょっと指示を出してあとはモニターの横にいるというイメージでした。でも、戸田監督はずっと動き回っていて、色んなところで様々な確認をされていました。なので、1回1回のお芝居への集中力がより必要な現場なのかなと思いました。
-映画初出演ということで、「MOOSIC LAB 2025」でのワールドプレミア上映で銀幕デビューを果たします。現在の心境を教えてください。
木寺:確かにそうですね。しかもそのデビューが戸田監督作品ということで、かなりとてつもないデビューになるなと思っています。
ワールドプレミア上映は観に行きたいと思います。こんな機会を下さった「ポーラスター東京アカデミー」はじめ皆様には本当に感謝です。ここからもっともっと色んな作品に出演していきたいなと思っています。
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-『爽子の衝動』は、「ポーラスター東京アカデミー」とタッグを組んで制作したと聞きました。どのような思いがあったのでしょうか。
戸田監督:テレビ局などは知名度を重視しますし、日本の業界では話題性だったりある種の政治力みたいなものがないと“これからの俳優”さんになかなかチャンスが回ってこないのですね。いいお芝居をする方もポテンシャルを持っている方も年齢を問わずたくさんおられますが、そういった方々にとっては才能を生かす環境があまりにも整っていないと感じています。そのような状況の中で、“これからの俳優”さんをメインにしてプロモーションにもなり得るような作品を作っていきたいという気持ちを持っていました。
そういった話を「ポーラスター東京アカデミー」の代表の方としたとき、“これからの俳優”さんにどんどんチャンスを与えたいという感情が一致して「一緒に作りましょう」と話が進み、半年ほどで実現しました。
-監督から見て古澤さんはどんな印象ですか?
戸田監督:クレバーな人だなと思っています。頭も回るのだろうなと思います。落ち着いている印象がありますが、“静かな熱”も持っているのだろうなと思っています。
『爽子の衝動』は内容が重い作品なのでさすがに「辛そうだな」と感じていましたが、ひたむきに努力していてスタッフからの評判もすごくよかったです。将来が期待できる俳優さんなので、プロデューサーとか監督の方々に見つけてもらえるような機会を作れたらなと思っています。
-木寺さんはどんな印象ですか?
戸田監督:すごく丁寧な俳優さんでした。劇中で木寺さんをはじめご飯を3人で食べるシーンがあるのですが、即興で自分たちで会話を作ってくれたりもしました。ひもの工場での撮影では、当日その場で実際に工場で働いている方から魚を解体して洗って乾かしていく作業を教えてもらったのですが、そこでも丁寧な対応をしていて真面目に取り組んでくれている印象がありました。
初めはもう少しクールな人なのかなと思いましたが、オーディションのときは結構、声が大きくて明るい方だなという印象を持ちました。
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-『爽子の衝動』をどんな方に観てほしいですか?
戸田監督:日本の閉じられた暗い部分といいますか闇の部分のようなところは切り込まれないイメージがあります。今の日本は豊かかと言われたら決してそうではないのかもしれませんが、生活することに対して大きな問題を抱えておらず日々を穏やかに過ごせている方に観てほしいなと思います。
“『爽子の衝動』で焦点を当てているような問題に直面している方々が近くにいることへの気づき”といいますか、そういったものの一助になればいいなと思います。
古澤:爽子は19歳で私は24歳なのですが、高校を卒業してから20代前半の爽子とも私とも同世代の“独り立ちしないといけない”という人たちに観てほしいです。
私自身もそうなのですが、フィクションでもノンフィクションでも映画から知ったことがたくさんありますし、知ることから色々な影響を受けてきたと思います。それが映画のひとつの可能性であり強みだとも思います。
学生という守られた立場から離れて社会に足を踏み出す瞬間に起こることを同じ目線で見ることができる唯一の世代だと思いますので、同世代の方たちに観てほしいです。
木寺:ヤングケアラーという言葉は聞いていたのですが、それほど深くは理解できていませんでした。なので、『爽子の衝動』でヤングケアラーと呼ばれる方たちがいることに触れていただくのは大事なことなのかなと思います。私は今25歳なのですが20代前半の同世代の方に観ていただきたいです。
-『爽子の衝動』をご覧になる方へメッセージをお願いします。
木寺:実生活の中ではヤングケアラーや生活保護の問題に直接触れる機会はない方もいると思いますが、『爽子の衝動』を観てヤングケアラーと呼ばれる方々がいることなどを知っていただくだけでも考え方が変わってくると思います。なので、この作品を観て、色々なことを知り、少しでもそういう方々の目線に立って考えていただけたらなと思います。
古澤:『爽子の衝動』は自分が出演していなくても、戸田監督がこの題材で作品を作ったら劇場に観に行くと思います。すごく難しい題材で、『爽子の衝動』を観たからといって現実の中で何かが変わることはないかもしれません。でも、こういう人たちがこの街で息をしていて、社会の中に身を置いて暮らしていることを爽子を通して映し出せたことがこの映画の財産だと思います。なので、爽子の生活を観ていただけたらと思います。
戸田監督:今、現代的には色んな問題があると思うのですが、今回はヤングケアラーや生活保護というものを背景に置きました。今生きているこの現実に対して地続きにすぐ近くにある問題だと思っていますので、それを知っていただくきっかけになればいいなと思っています。“知った後にどうするのか”は人それぞれだと思います。本当に苦しい話なのですが、今近くにある問題だということを知っていただけたらいいなと思っています。
ミニシアター通信