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浮世の画家/カズオ・イシグロのあらすじと読書感想文

2018年1月26日 23時40分 参照回数:

浮世の画家/カズオ・イシグロのあらすじ


 主人公の老画家は戦時中には世間に大きな影響力を持っていたと思われていた。しかし戦争が終わり世間の価値観は大きく変わった。戦時中は正しいとされていた考え方は、全て「間違っていた」とされ、厳しく批判された。そして中には戦時中に当時の価値観で物事を判断し、行動したことを悔いて自殺する人もいた。

 戦時中の価値観では活躍していた老画家も、戦後は世間の表舞台に出ることなく、自宅で鬱屈と過ごす日々を送っていた。どんよりと心の中に、新しい価値観への批判的な意識と、今までの価値観への疑問が渦巻いていた。

 そんな中で次女の縁談を進めていく。以前次女の縁談が破断したことがあった。破断を申し出た家は、破断理由を「我が家の家の格が劣るから」と言っていた。しかし老画家はこの理由は建前で、本当は父である自分の戦時中の仕事によるものではないかと疑っていた。自分の戦時中の仕事は新しい価値観の中で生きる相手方の家から悪しきものと評価された、だから娘との縁談を破断したのだと思った。

 本当のことは分からないが、老画家はそう信じてやまなかった。だから新しく来た娘の縁談を成功させるために、自分の戦時中の仕事や過去の価値観が相手の家族に悪い印象を与えないよう苦心していた。

 そうしていくうちに、過去のことを思い出す。戦時中に世話をしていた弟子たち、修行中にした師匠や兄弟弟子たちとのやりとり。芸術によって世の中を変えていこうと共に志を持った男。

 弟子たちと歓楽街のバーで飲み交わしたことを思い出す。世間的にも認められた主人公を褒めそやす弟子たち。その中に黒田という男がいた。黒田は主人公の一番弟子で、彼の一声で場の師匠を讃える空気は盛り上がった。

 しかし黒田は画家として成長するに従い、師匠である主人公に反発していく。主人公は「それは仕方のないことだ」と受け入れるしかないと諦めるが、やるせない気持ちが沸き起こる。

 戦時中の価値観に沿った仕事をしていた主人公と、それに反発する黒田。黒田は「非国民」とされ警察に捕まった。

 戦後主人公は黒田の居場所を突き止め訪ねたが、会うことすら許されなかった。黒田は師匠である主人公を憎悪していた。

 一方、弟子たちの中に信太朗という男もいた。信太朗はできがいいわけではないが、コツコツと作画に取り組む男だった。しかし戦後に就職をするにあたり、戦時中の自分の仕事を否定するようになった。そのため師匠である主人公を避けるようになった。

 修行中の思い出では、戦争へと向かっていく世の中で「世間に影響力のある画家になりたい」と思った主人公の葛藤があった。師匠を心から尊敬し、仲間の弟子たちと楽しく絵画を学ぶ。それは主人公にとってとても幸せなことだったが、学ぶにつれて他の道を見出していく。

 同じ画塾には「カメさん」とあだ名がつけられた男もいた。カメさんは要領が悪く、コツコツと作品に取り組むが、あまり評価される人ではなかった。

 画塾で学んでいる際、松田という男と出会った。主人公は最初松田のことを嫌悪さえしていたが、次第に彼の考えを理解していく。そして「芸術によって世の中を変えていきたい」と思うようになる。

 師匠に自分の意向が知られ、主人公は画塾にいられなくなった。画塾を抜け出し、自らの人生をがむしゃらに歩むことにする。

 娘の縁談を進めていく上で、自分の過去のことを振り返る主人公。戦時中の価値観は間違っているとされる世の中で、「戦時中の価値観に沿って行った自分の仕事は間違っていなかった」という考えが拭えない。しかし縁談を進める上でこの考えは伏せなければならない。そのことに疑問や葛藤があり、どのように振る舞えばいいのかと思い悩む。できるだけ相手の家族に悪い印象を与えたくないあまりに、言動が不自然になってしまったのではないかと気に病む。

 「お父さんは考えすぎ」という長女の助言を受け入れられず、反発してしまう。長女だけでなく、婿である長女の夫の考え方も否定的に見てしまう。しかしなんとか娘の縁談を進め、結婚にこぎつけることができ主人公はほっとした。

 そして今の世の中には合わない戦時中の価値観の中でした仕事であるものの、自分にとってその仕事にがむしゃらになった経験は素晴らしいものだったと受け入れた。自分は実はそこまで大きな存在ではなかったのではないかと思うようになり、価値観の変化によって自身の評価を変える必要はないのだと気づいた。

浮世の画家/カズオイシグロの読書感想文


 小学生の頃、広島の原爆投下を題材にした映画を体育館のスクリーンで観ました。主人公一家は「非国民非国民」とみんなにいじめられますが、終戦後はみんなで「あの時(戦時中)は間違っていた。主人公一家が正しかった」みたいな雰囲気になるんです。

 その映画を観た時は私も「戦争って間違ってる」とは思ったものの、少し成長して中学生くらいになると考え方が多少変わりました。

 思想なんてものは、その時勢が「正しい」と言ったものが正しくなる。時勢が変われば正しさも変わる。

 カズオイシグロの『浮世の画家』は、激しく世の中の価値観が変化する中で、取り残され、葛藤していく老人画家のお話です。

 戦争中は正しかったものが、戦後は「間違っている」として扱われ、そのことに疑問を抱き、自分が間違っていたと世間から扱われることに抵抗し、しかし新しい価値観の中でどう生きていくべきかを模索する主人公。

 そして最後に、戦時中の自分の考えは間違ったことではないと納得すると同時に、自分は世の中にとって大した影響力も持っていなかったと納得することで、新しい価値観の中で生きていくことを受け入れていきます。

 一見戦後の激動の時代にしか当てはまらないような内容ですが、実はかなり普遍的なテーマです。

 【ちっぽけな人間なりに、がむしゃらになって突き進んだ経験。それが別の価値観から見たら間違っていると評価されたとしても、その経験があった人生は素晴らしいものではないか】

 本書は読者にそう説いています。

 この感想文の筆者個人の話になりますが、私は大学卒業後に会社に勤めたものの、自分のやりたいこと・成し遂げたいことを見直し、退職して今は憧れていた仕事をしている人間です。収入面で不安定なところは多々あり、不安になって落ち込むこともよくあります。

 確かに憧れていた仕事をしているものの、こういう不安定さを抱えているので、安直に他人に「人生一度きりだから、やりたいことをやりなよ!」なんて勧められません。

 それでも、心の中では自分の今の人生に後悔はないだろうなと思います。一寸先は闇で不安はあるものの、納得できています。そしてそれは、他人に安易に勧められはしないけれど、幸せなことなのだろうなとも思います。

 『浮世の画家』は戦後の価値観が激変した時代の物語ですが、「世間の価値観は関係なく、がむしゃらになって突き進んだ経験のある人生には価値がある」という、長い歴史の中で度々言われてきた言葉がテーマです。

 「これから何かに挑戦したい」と思っている人にとっては背中を押してくれる本になるでしょう。


【この記事の著者:鈴木詩織】
愛知県で活動しているモデル・作家。趣味は写真と読書と執筆。
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