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(65)ほうき星(彗星)

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 多田行綱の密告によって露呈した平家討伐計画。激怒した平清盛は、軍を集め、首謀者たちを捕捉しました。その勢いで、後白河法皇をも攻めるかにみえました。しかし、嫡子・平重盛の諌めにより、思いとどまりました。平家討伐計画の首謀者・西光法師と藤原成親は処刑されました。藤原成経、平康頼、俊寛の3人は鬼界が島へ流されます。

 そんな折、「巻の三」は、高倉天皇の后で清盛の娘である建礼門院の懐妊から始まります。

ほうき星(彗星)

 治承2年(1178年)元日、院の御所で、諸臣の拝賀が行われました。4日には、高倉天皇が後白河法皇の御所を訪ねました。何ごとも例年に変わることはありませんでしたが、去年の夏には、新大納言・藤原成親卿以下、近習の人々が多く流され、処刑されました。そのことで、後白河法皇の憤りはいまだ修まらず、世のまつりごとを何ごとも物憂く思っていました。

 太政大臣の平清盛も、蔵人・多田行綱の密告があって後は、後白河法皇を疑い、表面では何ごともありませんでしたが、裏では用心して、苦笑いをしていました。

 7日、東の空に、ほうき星(彗星)が現れました。ほうき星(彗星)は、史記には、黄帝が逆賊の蚩尤氣(しいうき)と戦った際に彗星が出たというので「蚩尤氣」ともいいます。また、「赤氣(せきき)」ともいいます。18日には、ほうき星(彗星)は、光を増しました。

 清盛の娘の建礼門院は、その時はまだ中宮でしたが、病気ということで、宮中も、外も皆、嘆きました。諸寺では読経が始まり、諸社に官幣使が立てられました。陰陽術を行い尽くし、医者は薬を尽くし、ありとあらゆる大法・秘法が修せられました。

 それでも病気は治らず、懐妊ということでした。

 高倉天皇は今年18歳に、建礼門院は22歳になります。しかし、いまだ、皇子も姫宮もできていませんでした。もし、皇子誕生となったらどれほどめでたいかと、平家の人々は、さもいま皇子が生まれるかのごとく、勇みよろこびました。他家の人々も、「平氏の繁栄が折を得た。皇子誕生は疑いない」と言いました。

 平清盛は、有験の高僧・貴僧に命じて、大法・秘法を修し、星宿仏菩薩にあやかり、皇子誕生を祈願しました。

 6月1日、建礼門院の御着帯の儀式が執り行われました。仁和寺の御室主である覚法親王が急ぎ参内し、孔雀経の法をもって加持を行いました。天台座主の覚快親王、三井寺寺主の円慶法親王も同じく参内し、胎内の女子を男子に変える変成男子の法が修せられました。

(2011年10月17日)


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