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(45)烽火の沙汰

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 いっぽう、小松殿では、平盛国が、到着した侍たちの名を書き記しました。馳せ参じた侍どもは、総勢、一万余騎。重盛は、集まった軍勢の名簿を開き見てから、中門に出ました。侍たちに言いました。

「日頃の約束を違えず、皆がこのように集まったのは神妙である。異国に、このような例がある。それは、周の幽王に、褒じ(ほうじ)という最愛の后がいた。天下第一の美人であった。しかし、幽王の心にかなわぬことは、『褒じ笑みを含まず』といって、褒じがまったく笑わなかったことだ」

「異国の習いに、天下に兵乱が起こったときは、所々に火をあげ、太鼓を打って、兵を呼び集める決まりがあった。これを、烽火を名づけた」

「あるとき、天下に戦が起こり、あちこちに烽火があがった。后・褒じはその烽火を見て、『なんとまあおびただしい。火もあれほど多いとは』と初めて笑った。『ひとたび笑めば百の媚あり』といわれたほど。幽王はうれしさのあまり、常に烽火をあげさせた」

「烽火を見た諸侯が馳せ参じ、しかし、兵乱なく帰ることがたびたび重なった。ついには、烽火があがっても兵が集まらなくなった」

「あるとき、隣国から兇賊が幽王の都へ攻め入った。烽火をあげたが、例の妃のための烽火だろうと、兵が集まらなかった。そのとき、都は攻め落とされ、幽王はついに滅びた」

「なにをおいても、その后が狐となって走り去って行ったことこそ恐ろしい。そのような例があるとはいえ、ただいまから、重盛が下知を下したときには、皆、このように馳せ参じよ。重盛は今朝、別に天下の大事を承った。しかし、よくよく聞きなおしてみると、間違いであった。なので、早々に、帰れ」

 重盛がそう告げると、兵たちは帰されました。

 実は天下の大事を命じられたなどということはなかったのだが、今朝、父を諌めた言葉にあったように、そのときには自分にどれほどの兵たちがついてくるのか、こないのかを知り、また、父子にて戦をするつもりこそなかったが、そのようにして、清盛の謀反の心をやわらげた計略といいます。

 重盛の行動は、孔子の『君、君たらずといえども、臣もって臣たらずんばあるべからず。父、父たらずといえども、子もって子たらずんばあるべからず。君の為には忠あって、父の為には孝あれ』という言葉にたがいません。

 後白河法皇も、このことを聞き知り、「今に始まったことではないが、重盛の心の内を思えば、恥ずかしい。仇に恩をもって報いられた」と言いました。

 人々も、「前世の果報がめでたく、今、大臣大将にまでのぼりつめた。あれほど容姿、態度が際立ってすぐれ、才智才覚に恵まれた人は世にいようか」と感心しあいました。「国に諌むる臣あれば、その国必ず安く、家に諌むる子あれば、その家必ず正し」といいます。

 重盛は、古今まれなる大臣です。

(2011年10月13日)


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