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ミニシアター通信平家物語 > (30)藤原成親への辱め

(30)藤原成親への辱め

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 清盛は、ふすまを引き開けて部屋の外に出ましたが、なお怒りが収まらず、「経遠(つねとう)、兼康(かねやす)」と呼ぶと、難波次郎経遠と、瀬尾太郎兼康がやってきました。

 清盛は「あの男を引き出して、庭へたたきおとせ」と命じました。しかし、2人は言われたとおりにせず、「そのようなことをしたら、小松殿(平重盛)のご機嫌がどうなるでしょう」と答えました。

 清盛は、「よしよし、お前らは、内府(内大臣・平重盛)の命令を重んじて、俺の言いつけは軽んずるということだな。そうなってしまってはどうにもならんわ」と言いました。2人は、悪いことになると思い、立ち上がり、藤原成親の左右の手を取って、庭へ引き落としました。

 すると、清盛は楽しそうに、「取り押さえて、わめかせよ」と命じました。2人は、藤原成親の左右の耳元に口を添えて、「どのようなものでも声をおあげなされ」とささやいて、引きふせました。

 藤原成親は、2声、3声、わめきました。その様子は、冥土にて人間界の罪人を、罪の軽い重いを計る閻魔の庁の秤にかけ、あるいは、閻魔の庁にて人間界での善悪を映し出す鏡の前の立たせ、牛頭馬頭が折檻する様子ですらも、これには勝ることはないような光景でした。

 蕭樊(しょうはん)は捕らえられて、韓ほうは、しおからにされました。漢の文帝景帝に仕えたてい錯(ていそ)は殺され、周魏は罪人とされました。例えば、蕭何(しょうが)、樊かい(はんかい)・韓信・彭越(ほうえつ)らは皆、高祖の忠臣でしたが、小人の讒言によって災いを受けるとは、まさにこのようなことをいうのでしょうか。

 藤原成親は、このような憂き目にあい、子息の丹波の少将・藤原成経(なりつね)以下の幼い者たちがどのような目に遭うのだろうかと、想像を巡らすことさえできませんでした。

 このような暑い6月に、装束を涼しげに替えることもできず、暑さも耐え難ければ、息苦しくもあり、涙も、汗も、競うように流れました。それにしても「小松殿・平重盛ならけっして見捨てることはあるまい」とは思うものの、誰に告げればよいのかと、思いもつきませんでした。

(2011年10月11日)


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