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(394)水底の都

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登場人物:後白河法皇、建礼門院

 壇の浦の戦いの後、安徳天皇の母で、平清盛・時子の間の娘である建礼門院平徳子は、出家し、大原の奥で菩提供養の日々を送っていました。そこに、後白河法皇が訪れました。

 後白河法皇を庵室に迎え、建礼門院は、かつては清盛の娘で、安徳天皇の母として、思いどおりにならないことは何一つなかった平氏の栄華を口にしました。建礼門院は、続けます。

「そして、寿永の秋の初めのこと。木曽義仲とやらを恐れて、平氏一門の人々が、住み慣れた都を遠く離れ、故郷が焼野原となる様を見ながら、古の物語で名前だけは知っていた須磨から明石の浦を伝って行きました。さすがに哀れに覚え、昼は満々たる大海で波路を分けて袖を濡らし、夜は岬の千鳥と共に泣き暮らしました」

「それぞれの浦々、島々は由緒ある場所なのでしょうけれど、都のことが忘れられず、身を寄せる場所もなかったので、五衰必滅の悲しみとはこのようなものだと覚えました。およそ人間に起こる事は、愛別離苦、怨憎会苦、四苦八苦をはじめすべてのことを、わが身一つで知らされました」

「それでも、いったんは、筑前の国・大宰府とやらに着いて、少し心も落ち着きましたが、緒方維盛義とやらに九州から追い出され、山野広しといえども、休む場所もありませんでした」

「同じ年の秋の暮れには、かつては宮中で眺めていた月を、西海の海の上で眺めました。10月には、(重盛三男で清盛孫の)平清経の中将が、『都を源氏に攻め落とされ、九州からは維義に追い出され、網にかかった魚のごとし。どこへ逃れるべきなのか。命を長らえるべき身でもない』と、海に身を投げました。これが、憂き事のはじまりでした」

「浪に揺られながら、船の中で夜を明かす暮らしでした。貢物もなければ、供御(天皇の食事)を用意することもできません。たまたま、食べ物があっても、水がないのでどうにもなりません。海の上ですが、塩水なので飲むことができません。餓鬼道の苦しみとはこれのことだと思えました」

「そのようにしているうちに、室山、水島の2度の戦いに勝ちましたので、一門の人々も形勢を少し取戻したように見え、摂津の国の一の谷とかいう場所に城郭を構えました。直衣束帯の代わりに鎧を身に着け、明けても暮れてもいくさの話をしました。阿修羅王と帝釈天王の争いの様子もこれには勝るまいと思えました」

「けれども、その一の谷を攻め落とされてからは、親は子に死に遅れ、妻は夫と別れ、沖の釣り船を敵と間違え、松のシラサギを源氏の白旗を見間違えて胆をつぶしました」

「そして、門司、赤間、壇の浦の戦いでは、もはや、今日で最後と思われました。すると、二位の尼殿が泣く、泣く、申されました。

『この世の中のありさま、かくと覚えました。今度のいくさで、平家の男の命が残ることは、千万に一つもありません。遠縁の者は生き残ったとしても、われらの後生を弔ってはくれないでしょう。昔から、女は殺さぬ習い。あなたは、何としても生き残って、安徳天皇の菩提を弔い、われらの後生を助けたまえ』

 そう、二位の尼殿が口にし、夢の心地を覚えました。風がたちまち吹き荒れて、雲が厚くたなびき、強者どもの心を迷わせ、天運尽き、人の力も及ばなくなりました」

「すでに平家も終わりと思えたとき、二位の尼殿は安徳天皇を抱いて、船端に立ちました。安徳天皇は驚いた様子で、『尼御前は、われをどこへ連れて行こうというのだ』と尋ねました。二位の尼は、涙をはらはらと流し、幼い安徳天皇に向かって、告げました。

『君はいまだ知らないのですか。前世の十善戒行の力により、今、万乗の主と生まれましたが、悪縁に引かれて、運命がすでに尽きようとしています』

『まず、東へ向かい、伊勢大神宮を拝んでください。それから、西方浄土の来迎にあずかるため、誓いを立て、念仏してください』

『この国は、辺境にある粟粒のような小さな国ですが、心憂き世の境です。あの波の底にこそ、極楽浄土という、めでたい都がございます。そこへお連れするのです』

 二位の尼殿が安徳天皇をさんざんに慰めると、天皇が着る山鳩色の御衣を来てびんづらを結ったお姿の安徳天皇は、涙をため、まず、東へ向かって伊勢大神宮においとまを申し、その後、西へ向かって念仏しました。二位の尼殿が安徳天皇を抱き、海に沈んだお姿に、目もくれ、心も消え果てました。その時のことは、忘れようとしても忘れることができません。忍ぼうと思っても、忍ぶことができません」

「そのよにして、生き残った者は、わめき叫び、叫喚、大叫喚、無限阿鼻、焔(ほのお)の底の罪人も、これには勝るまいと思えました」

「さて、私は荒武者に捕らわれ、都へ向かいました。播磨の国の明石の浦という場所に着いて、少しまどろみました。そのときの夢に、かつての内裏よりもはるかに華々しい場所が出てきました。安徳天皇をはじめ、一門の公卿・殿上人の面々が、奥ゆかしく、礼節を供えて、並び居っていました。都を出てから、いまだ、そのような所を見たことがありませんでした」

「なので、『ここは何という所ですか』と尋ねました。二位の尼殿が『竜宮城という所です』と答えました。『それならめでたい場所なのでしょう。竜宮城には、苦はないのですか』と問うと、『竜宮経に書かれています。後生をよく弔ってください』と答え、そこで夢から覚めました」

「その後は、ますます、経を読み、念仏を唱え、安徳天皇はじめ一門の菩提を弔っています。これもひとえに、六道(以上、天上、人間、餓鬼、修羅、地獄、(畜生))と思えます」

 そう建礼門院が告げました。すると、後白河法皇は口を開きました。

「異国の玄奘三蔵は、悟りの前に六道を見た。わが朝の日蔵上人は、蔵王権現のお力により、六道を見たと聞いている。六道を目の当たりにご覧になったことは、有り難いことだ」

(2012年2月18日)


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