本文へスキップ

ミニシアター通信平家物語 > (385)六代御前の乞いうけ

(385)六代御前の乞いうけ

参照回数:

登場人物:文覚、六代御前、平維盛北の方、北条時政、斎藤五、斎藤六、狩野工藤三親俊

 六代御前の助命を源頼朝に嘆願するために、北条時政から20日の猶予をもらって鎌倉へ下っていた文覚は、いまだ帰ってきていませんが、文治元年(1185年)12月17日の暁、北条時政は、六代御前を引き連れて、鎌倉へ戻るために、都を出発しました。六代御前に仕えていた斎藤五、斎藤六も、六代御前の輿の左右に付き添いました。時政は、替え馬に乗っていた者を下ろして「馬に乗れ」と2人に進めましたが、「最後のお供なので、心配には及びません」と馬には乗らず、血の涙を流して、はだしで歩きました。

 別れがたく慕う北の方、乳母の女房と別れはて、住み慣れた都をはるかかなたに見て、今日を限りと東路に赴き、延々と下っていく六代御前の心の内が推し量られて、哀れです。

 六代御前は、馬を早める武者を見たら、『首を切られるのか』と肝を潰し、ものを言い交す者がいれば、『すわ、今か』と心を尽くします。山科の東の四宮河原で切られると思っていましたが、そこを過ぎました。逢坂山も越えて、大津の浦に向かいました。粟津の松原かと、辺りの様子を見ると、すでに日が暮れていました。国々、宿々を過ぎて、駿河の国に来ました。いよいよ、六代御前の命は今日を限りと見えました。

 沼津市の西の「千本の松原」という所で、六代御前の輿が下されました。敷物が用意され、「お降り下さい」と輿から出されました。

 北条時政が急ぎ馬から降りて、六代御前のもとへやって来ました。

「もしや道中で文覚の聖に行き会わないだろうかと思い、ここまでお連れしました。しかし、足柄山の向こうまでは、頼朝殿の心中もはかりがたいので、連れて行くことはできません。頼朝殿には近江の国で、命を失われたことにします。平家一門の方なので、誰が何を申そうとも、もはやかないません」

 六代御前は、時政の言葉には、特段の返事をしませんでした。六代御前は、斎藤五、斎藤六を呼び、告げました。

「よく畏まって聞きたまえ。汝らは都へ帰り、われが道中で切られたなどとは申すな。理由は、いつかは知られるだろうが、母上や乳母の女房がこの状況をまさしく聞き、嘆き悲しんだら、極楽往生の妨げにもなろう。鎌倉まで無事に送り届けたと告げてくれ」

 斎藤五、斎藤六は、涙をはらはらと流しました。ややあって、斎藤五が涙を抑えながら言いました。

「若君が神仏となられた後は、生きて再び都へ戻ろうとは思いません」

 そう告げると、斎藤五は、再び涙を抑えて、うつぶしました。

 六代御前は、まさに切られるというときに、肩にかかっていた髪の毛を、小さな、美しい手で、前にはらいました。その様子を見た守護の武士たちが、「なんといとしい、いまだお心を気丈に持たれているぞ」と、皆、鎧の袖を濡らしました。

 その後、六代御前は西へ向かって手を合わせました。声高に念仏を10念、唱えました。そして、首を差し出しました。

 切り手に選ばれていたのは、狩野工藤三親俊でした。太刀を身に寄せて、左から六代御前の後ろへ回りました。

 まさに刀を振り降ろそうとした時、狩野は、目がくれて、心も失い、どこに刀をふりおろせばよいのかわからなくなり、前後不覚になりました。

「自分にはできません、ほかの者に命じてください」

 そう告げて、太刀を捨てて、退きました。

「それなら、あれに切らせよ、これに切らせよ」と切り手を選んでいたところ、黒衣の僧が一人、月毛の馬に乗り、ムチを打って駆け付けてきました。

 付近の者たちが、「ああ、いとしい。あの松原の中で、世にも美しい若君が、ただいま北条殿に切られるところだ」と言い合い、寄り集まっていましたので、黒衣の僧は心もとなさにムチを振りあげて合図を送りましたが、なおも心配で、かぶっていた笠を振りました。

 時政が子細があるのだろうと待っていたところ、僧はほどなくやってきて、急ぎ馬から飛び降り、「若君、乞い請けたまわったり。頼朝殿の教書、これにあり」と、取り出しました。時政が中を確認すると、「平維盛卿の子息、六代御前、尋ね出され、高雄山の文覚坊がしばらく乞いうけることになった。疑いを持たず、身柄を預けよ。北条四郎時政殿へ。頼朝」と指図が記されていました。斎藤五、斎藤六はいうに及ばず、北条の家の子・郎党も皆、よろこびの涙を流しました。

(2012年2月14日)

(386)六代御前の帰京

(387)六代御前の最期

(388)「巻の十二」のあらすじ


平家物語のあらすじと登場人物




運営会社

株式会社ミニシアター通信

〒144-0035
東京都大田区南蒲田2-14-16-202
TEL.03-5710-1903
FAX.03-4496-4960
→ about us (問い合わせ) 



平家物語のあらすじと登場人物