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登場人物:六代御前、平維盛北の方、北条時政、斎藤五、斎藤六
平維盛嫡子の「六代御前」の助命嘆願のため、北条時政から20日の猶予をもらった文覚が、源頼朝を尋ねるために、鎌倉へ下りました。しかし、20日が過ぎても、文覚は帰って来ませんでした。これはどうしたことだろうと心配し、北の方は、今更に心を痛めて、悶えこがれていました。
北条時政も、「文覚は20日と申されたが、約束の日数は過ぎた。今は、頼朝殿からお許しがでなかったと思うしかない。このまま京にいるわけにはいかない。鎌倉へ帰らなければならない」と、帰り支度を始めました。
斎藤五、斎藤六も手を取り合い、心を潰して、帰りを待ちわびていましたが、文覚は戻って来ません。使者すら来ないので、どうなったのか見当もつきません。2人は大覚寺に行き、「文覚の聖はいまだ帰って来ません。北条殿はこの暁に、鎌倉へ出発します」と、涙を流しました。
北の方と乳母の女房は、文覚がとても頼りになりそうな様子で下って行ったので、少しは心持を取り戻した様子で、これも長谷観音のお助けと頼もしく思っていましたが、この暁になると、北の方と乳母の女房の心の中は、さぞ頼りないものでしょう。
北の方は、乳母の女房に告げました。
「ああ、せめて、事情を知った者が、『道中で文覚と行き合う所まで、六代御前を連れて行き給え』と北条殿に言ってくれれば。もし、文覚殿が六代御前の命を頼朝殿からもらいうけ、都へ向かっていたら、その前に切られてしまった口惜しさはどうしたらよいでしょう。すぐに、亡きものとされるのか」
北の方が尋ねると、斎藤五、斎藤六が答えました。
「この暁に、切られると思われます。その理由は、このたび六代御前に付き添っていた北条の家の子・郎党たちも、世にも名残惜しげにして、念仏を唱えたり、涙を流したりしています」
北の方は、「それで、あの子はどのような様子です」と問いました。
斎藤五、斎藤六は、「人がいる時はなんでもない様子をして数珠を揉んでいます。しかし、誰もいない時は、脇を向いて、袖を顔に押し当てて、涙にむせています」と告げました。
北の方は言いました。
「そうでしょう。年こそ幼いが、心は少し年かさな子。『少ししたら北条とかいう者にいとまをもらい、帰ってきます』とは言ったが、今日ですでに20日が過ぎた。こちらから行くことはできず、こちらへ来ることもできない。また、いつ、会えるとも分からない。今夜限りの命と思って、さぞ、心細く思っていることでしょう。さて、お前らは、どうするのだ」
斎藤五、斎藤六は、答えました。
「私たちはどこまでも若君のお供をします。若君が亡きものとなりましたら、お骨をもらいうけ、高野山に納め、出家し、菩提を弔います」
斎藤五、斎藤六は、涙にくれて、うつ伏してしまいました。
かくして、時刻が過ぎていき、北の方が「時はおぼつかないもの、さらば、すぐに帰れ」と告げると、斎藤五、斎藤六は、泣く、泣く、いとまごいをして、帰りました。
(2012年2月14日)
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