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(383)文覚と六代御前

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登場人物:六代御前、平維盛北の方、北条時政、斎藤五、斎藤六

 平維盛の子・六代御前が北条時政に連れて行かれました。

 乳母の女房は、せつない心をどうすることもできなかったのか、大覚寺をまぎれ出て、その辺りを足に任せて歩きながら、泣きました。すると、ある人が、「ここから奥の高雄山という山寺に、文覚という聖がいます。文覚は源頼朝殿と親しく、頼朝殿も文覚を大切に扱っているのですが、身分の高い人の子を弟子にしたいと、ほしがっていました」と言いました。乳母の女房は、うれしいことを聞いたと思い、そのまま高雄山の文覚を尋ねました。

 乳母は、文覚に告げました。

「血の中から抱き上げ、お育てした今年12歳になる若君が、昨日、武士に捕まりました。命をもらいうけ、御坊の弟子にしてあげてください」

 乳母が文覚の前で声も惜しまずに泣き崩れると、まことにやるせない様子でした。文覚も痛わしく思い、ことの子細を尋ねました。

 乳母はややあってから起き上がり、涙を抑えて説明しました。

「平維盛殿の北の方が、親しくしている人の若君を養っていたところ、ある人が維盛殿の御子ではないかといい、武士が昨日、連れて行ってしまいました」

 文覚が「その武士とは誰です」と問うと、「北条四郎時政と名乗りました」と答え、文覚は「それなら、尋ねてみよう」と、坊を飛び出して行きました。乳母の女房は文覚の言葉を頼りにしたわけではありませんが、昨日、六代御前が武士に連れて行かれてからこの方、なす術もありませんでしたので、少し心持を取り戻すことができ、急ぎ、大覚寺へ戻りました。

 北の方は、「さても、あなたは身を投げに出たのだと思い、私もどこの淵や川に身を投げようと思っていました」と迎えました。乳母はことの子細を細々と語りました。北の方は、「ああ、その聖の御坊があの子をもらいうけ、今一度、われに会わせてください」と、よろこびましたが、それでも涙は尽きませんでした。

 文覚は、六波羅で、北条時政に、ことの子細を尋ねました。時政は答えました。

「源頼朝殿の命令で、平家の子孫という者の男子は、一人も漏らさず探し出して、亡きものにすることになっています。中でも、平維盛殿の『六代御前』というご子息は、年も少し高く、そのうえ、平家の嫡流。故中御門新大納言・藤原成親卿の娘が母と聞いています」

「いかにしても六代御前を探し出し、亡きものにせよとの命令を頼朝殿から受けました。枝葉の君達たちは、少しばかり見つかりましたが、六代御前の居場所だけがわからずに、あきらめて関東に帰ろうと思っていたところ、思いがけず、一昨日、居場所を聞き知り、昨日、そこへ出向いて迎えました。しかし、あまりに美しくおられますので、いまだ、どうこうしないでいます」

 文覚は、「それなら、お目にかかろう」と、六代御前が居る場所へ行きました。六代御前は、綾織の上に刺しゅうをした直垂を着ていて、黒木の数珠を手首にかけていました。髪の毛のかかり具合、骨格、振る舞い、まことに美しく、この世の人とも思えません。昨夜は安心して寝ることができなかったようで、少し面痩せしている姿を見るにつけても、いじらしく思われました。

 六代御前は文覚を見て、何を思ったのか、涙ぐみました。文覚も、気持ちのままに、黒衣の袖を濡らしました。

 文覚は、ゆくゆく源氏にとってどのような敵となろうとも、どうしてこの六代御前を亡きものにすることができようかと思い、北条時政に向かって告げました。

「前世からの宿縁があるのでしょうか、この若君を見て、あまりにいとしく思います。どうか、20日の猶予をください。鎌倉へ下り、頼朝殿から許しをもらってきます」

「文覚は、頼朝殿を世に出すため、平家追討の院宣をもらうおうと、案内も知らぬ富士川を夜を徹して渡り、押し流される寸前までいったり、高師山では追剥に遭い命からがら逃げ、福原では牢に囲まれていたような後白河法皇から院宣を承り、それを頼朝殿に渡しました」

「その時に、頼朝殿は、『たとえどのようなことでも申せ、文覚がいうことなら、頼朝が生きている間は、かなえよう』と約束された。そのほか、文覚の度々の頼朝殿へのご奉公は、見知っていることと思う。約束を重んじ、命を軽んずるべきだ。総追捕使となって慢心が起きていなければ、頼朝殿も、まさか約束を忘れておるまい」

 文覚は、すぐにその日の暁に鎌倉へ出発しました。斎藤五、斎藤六は、文覚を生身の仏のごとくに思って、手を合わせて、涙を流しました。2人は、大覚寺に戻り、ことの次第を伝えました。北の方はどれほどうれしく思ったことでしょう。さすがに頼朝がどのような判断を下すのかはわかりませんでしたが、20日の間、命が延びたことに北の方も、乳母の女房も少し心持を取り戻し、これもひとえに長谷観音のお助けだろうと、頼もしく思いました。

(2012年2月14日)

(384)斎藤五、斎藤六

(385)六代御前の乞いうけ

(386)六代御前の帰京


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