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(332)武里と湯浅宗光

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登場人物:武里、平維盛、斎藤時頼、重景、石童丸、湯浅宗光

 重景と石童丸が元結いを落とし、平維盛も斎藤時頼に髪の毛を剃ってもらいました。しばしの後、維盛は、屋島から重景、石童丸と共に連れてきていた武里を呼びました。

「あなかしこ(ああ、かしこまって聞け)、お前はこれから都へ行ってはならない。その理由は、わが妻子が、いつかは死ぬ身だが、維盛が出家したことを聞いたら、すぐに妻子も出家するだろうからだ」

 維盛は続けました。

「お前はこれから屋島へ行き、維盛の言葉として、平家の人々に以下のように申し伝えよ。

『すでに見知っているように、大方の世間はもの憂く、よろずに味気ないと覚え、維盛は、一門の人々に知らせずして出家した。その心は、すでに、西国にて、維盛の弟の左中将・平清経が入水し、一の谷合戦では、同じく弟の備中の守・平師盛が討たれた。そのうえ、維盛までも出家したと聞けば、一門の各々方が頼りなく思うだろうと、それだけが心苦しかった』

『そもそも、「唐皮の鎧」と「小烏の太刀」は、平将軍貞盛からこの方、維盛まで9代、平家の嫡流に相伝えられた。今後、もし運命が開けて、平家が都へ帰り上ることがあれば、嫡子の六代御前に「唐皮の鎧」と「小烏の太刀」を与えるべし』

 そう、平家の人々に伝えよ」

 維盛は武里に、そう申し伝えました。武里は涙にむせて、うつ伏し、しばらくは返事ができませんでした。ややあってから、涙を抑えて、武里は、「どこまでもお供して、最後のご様子を見届けてから、屋島へ行きます」と告げました。維盛は、「それならば」と、武里を、熊野詣でに連れて行くことにしました。斎藤時頼も、引導の帥として、同行することになりました。

 維盛、重景、石童丸、武里、時頼の5人は、山伏の姿になり、高野山を出発しました。紀伊の国を、山東(三藤、海草郡東山東、西山東村、和歌山市内東部)まで出ました、藤代若一王子社をはじめとし、あちこちの王子へ参詣しました(王子は熊野権現の末社で、京から熊野へ参る道に勧請した祠。99か所あり、九十九王子という)。

 日高郡南部町の海岸の北にある岩代の王子の前で、維盛一行は、狩りをする装束を身に着けた7、8騎の武士たちに、行き合いました。維盛一行は、「すでに追っ手が出ているぞ。もしもの時は、腹を切ろう」と、各々、腰の刀に手をかけました。しかし、騎馬武者たちは、危害を加える様子がなく、馬から降り、近づいて来ました。深く畏まって、そのまま、通り過ぎました。維盛は、「このあたりにも維盛を見知っている者がいるのに、誰だろう」と、恥ずかしくなり、足早にすれ違いました。

 騎馬武者らは、紀伊の国の住人で、湯浅権守宗重の子・七郎兵衛の湯浅宗光でした。行き違ってから、郎党たちから、「あれは誰です」と聞かれ、宗光は口を開きました。

「あれこそ、小松大臣・平重盛殿の御嫡子、三位中将・平維盛殿よ。そもそも、屋島をどうやって逃れてきたのだろう。すでに、様を変えられていた。重景、石童丸も出家し、供をしていたぞ。御前に近づき、御見参に預かりたかったが、はばかりがあるだろうから、素通りした。ああ、なんと、あわれなことだ」

 そう教えた宗光が袖に顔を押し当ててさめざめと泣くと、郎党たちも皆、狩衣の袖を濡らしました。

(2012年2月2日)


(333)熊野神社

(334)平維盛

(335)平維盛の入水


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