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(307)梶原の二度の懸(かけ)

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登場人物:梶原景時、梶原景季、梶原景高、梶原景家

 河原兄弟が真名辺五郎に討たれると、河原兄弟の郎党が逃げ帰り、「河原殿兄弟こそ、ただ今、城の中へ真っ先に駆け、討たれました」と大声で告げて回りました。

 平三・梶原景時がそれを聞き、「河原兄弟を討たせたのは、(河原兄弟が所属する)私市(さきいち)党の不覚ぞ。時もよい時刻になってきた。攻めろ」と下知しました。梶原の500騎は、生田の森の逆茂木を取り除き、城郭の内へ雄叫びをあげながら攻め寄せました。

 梶原景時の次男、梶原景高が先駆けを勇み前へ進んだので、景時は、使者を立て、「後陣の続かない先駆けには恩賞がないと、大将軍からの仰せぞ」といい送りました。

 景高はしばらく控え、「『もののふの取り伝へたる梓弓引いては人のかえすものかは』と申し上げよ」と、引き下がる気がないことを伝えてきました。父・梶原景時、長男・景季、三男・景家が、景高に続きました。

 梶原勢500騎は、平家の大軍の中に駆け入り、楯、横、斜め、十文字に駆けまわりました。すると、嫡子の源太・梶原景季の姿が見えなくなりました。

 景時は郎党どもに「源太はいかに」と問うと、「あまりに深入りして、討たれたのか。はるか遠くを見渡しても姿が見えません」との答え。梶原景時は涙をはらはらと流し、「いくさの先駆けをしようと思うのは子どもらのため。源太を討たせて、景時が命を長らえてもどうにもならない。返せ」と捜索の者を返しました。

 その後、景時はあぶみに乗せた足をふんばって立ち上がり、大音声をあげました。

「昔、八幡太郎義家殿が後三年の役の戦いで、出羽の国・千福金沢城を攻めた時、生年16歳と名乗り、真っ先に先駆けし、左の眼のところを甲の鉢についた一枚目の板まで射られてもその矢を抜かず、矢を射返し、敵を射落とし、恩賞を被り、名を後代にあげた鎌倉権五郎景正の5代の末えい・梶原平三景時とて東国に聞こえた一騎当千の強者ぞ。われと思わん者は、見参して寄り合えや」

 それを聞いた城の中では、「ただ今名乗る者は東国に聞こえる強者ぞ。余すな、漏らすな、討てや」と、梶原景時を取り囲んで、われが討ち取らんと進み出ました。

 梶原景時はわが身を顧みず、「源太・景季はいずくにあらん」と駆け回り、駆け破り、尋ね回っていると、案の如く、梶原景季は馬を射られて徒歩となり、甲をも落とされ、髪の毛をふり乱し、太刀を抜き、敵5人に囲まれ、面も振らず、命も惜しまず、ここを最後と決めて戦っていました。

 景時は源太・景季を見つけ、未だ討たれていないと嬉しく思い、急ぎ馬から飛び降り、「いかに源太、景時がここにいるぞ。同じ死ぬにしても、敵に後ろを見せるな」と、親子2人で5人の敵の3人を討ち取り、2人に手傷を負わせ、「弓矢取りは、駆けるも引くも、折にふれてのこと。いざ引け」と、景季を連れて退却しました。

 梶原の二度の懸(かけ)とはこのことです。

(2012年1月24日)


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