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(278)源義仲

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登場人物:源義仲、藤原修範、覚明

 法住寺合戦から一夜明けた寿永2年(1183年)11月20日、源義仲は、六条河原に立ち、昨日あげた630余りの首を並べ見分しました。その中に、比叡山延暦寺の天台座主・明雲大僧正、園城寺三井寺の長吏・円慶法親王の首も掛かっており、これを見た人はみな、涙を流しました。義仲は、7000騎の馬の頭を東へ向けて、天までとどき、地をとどろかすような地響きを3度、あげました。都中が驚きましたが、勝利のときの声だと知れ渡りました。

 故少納言入道・信西の子で参議宰相・藤原修範が後白河法皇が入った五条内裏に参上しました。門から入ろうとしましたが、警備の武士に入れてもらえませんでした。藤原修範は、武士らの事情に通じていたので、ある小屋に入り、にわかに髪の毛をそり落とし、黒い僧衣を着て、「このうえは何か不都合なことがあろうか。開けて入れよ」と申し渡すと、許されました。

 藤原修範は後白河法皇の御前に出て、泣く泣く、今後の法住寺合戦で討たれた人々の子細を報告しました。後白河法皇は、「明雲が非業の死をとげる者だとはつゆほども思わなかった。今度は、どのようにもなっていた私の代わりに命を落としたのだ」と涙を流しました。

 11月23日には、義仲は、三条中納言・藤原朝方以下49人の官職を停止し、閉じ込めました。平家の時は43でしたが、今回は49人。平家の悪行を超えました。

 源義仲はまた、先の関白の松殿・藤原基房の娘を強引に妻にし、松殿の婿になってしまいました。

 23日には、義仲が、家の子・郎党を集めて評定を開きました。

「そもそも義仲は一天の君と戦って、いくさに勝った。天皇になるべきか、法皇になるべきか。法皇になろうと思うが、義仲が法師になるのはおかしい。童子にはなることはできない。よしよし、そのうえは、関白になろう」

 義仲がそう告げると、祐筆の覚明が進み出て進言しました。

「関白には、大職冠・藤原鎌足の末えいの藤原摂関家の者たちが成るものです。殿は源氏なのでかないません」

 義仲は、それならと、院の厩を司る御厩の別当に無理なり就任し、丹波守になりました。上皇が出家すると法皇となり、元服前の天皇が童形でいることを知らなかった義仲はおろかでした。

(2012年1月11日)


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