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(242)平維盛の都落ち

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登場人物:藤原基通、越中次郎兵衛盛嗣、平維盛、北の方、六代御前(若君)、姫君、平資盛、平清経、平有盛、平忠房、平師盛、斎藤五、斎藤六

 安徳天皇との行幸に不吉さを感じた摂政・藤原基通は供の者にそれとなく指示して車を返し、一目散に逃げ出しましたが、平家の侍の越中次郎兵衛盛嗣は太刀を脇にはさみ、基通の牛車を制止させようとしました。しかし、人々に止められて、力及ばずあきらめました。

 都を捨てた平家は安徳天皇を奉じて西国へ落ちていきますが、なかでも、小松三位中将の平維盛は、日頃から覚悟はしていたものの、いざその時がくると、悲しみました。

 維盛の北の方は、故中御門新大納言・藤原成親の娘。成親は鹿ケ谷事件で処刑され、母も他界していました。しかし、桃のように美しい顔立ちで、紅や白粉が目を一段と美しくし、黒髪が柳のように風に吹かれる様子は、絶世の人と思われました。六代御前という10歳の若君と、8歳の姫君がいました。

 北の方は、共に都から落ちて西海へ行くと維盛に告げました。しかし、維盛は諭しました。

「自分は日頃から言っていたように、平家一門と共に、西国へ落ちて行く。どこまでも安徳天皇と共に行くが、道中で敵が待っていることもあり、容易い道のりではない。たとえ私が討ち取られたと聞いても、ゆめゆめ出家などしてはならない。どのような人とでも見もし見えて(=結婚して)、あの幼い子どもたちを育ててくれ。情けを掛けてくれる人もいるだろう」

 維盛は、言葉を尽くして慰めました。しかし、北の方は返事もせず、うち伏していました。維盛が立ち上がろうとした時、北の方が袂にすがりました。

「都には父も母もおりません。あなたに捨てられたら、誰と結婚するというのですか。それなのに、どのような人とでも見えよ(=結婚せよ)など言われたことが恨めしい。前世からの契りがあったからこそ、あなたは情けをかけてくれましたが、ほかに誰が情けをかけてくれましょう。どこまでも一緒で、同じ野原の露とも消えよう、一つ底の水屑(みずく)にもなろうと小夜の寝覚めに睦言したことは皆、いつわりだったのですか。せめて、わが身一つならどうにかしましょう。捨てられた憂き目をかみ締めても留まりましょう。しかし、幼い者たちを、誰に託し、どうしろと言うのです。たとえ恨んだとしても、いっしょに連れて行ってください」

 北の方は、恨み、慕いながら告げました。維盛は答えました。

「まことに、あなたが13歳、われが15歳の時に見初め合い、たとえ火の中、水の底へも、共に入り、共に沈み、死ぬ時も先立ち、遅れることはしないと思い合った。しかし、今日はこのように、もの憂い有り様。いくさの陣へ赴くので、具足をつけ、行末も分からぬ旅の空となる。憂き目に遭わせるのは、わが身ながら耐えがたい。そのうえ、今度の行幸はなんの用意もしていない。どこかの港ででも落ち着いたら、そこから迎えを出す」

 維盛はそう告げ、思い切って立ち上がりました。中門へ続く廊下の出入口に出て、鎧を身に着け、馬を引き寄せました。いざ、またがろうとした時、若君と姫君が走り出てきました。維盛の鎧の袖の草摺(くさずり)に取りつき、泣きました。

「父上はどこに行こうとしているのですか、われも参ります。われも行きます」

 維盛は、これが浮き世の絆かと思い、いよいよ、どうすることもできない様子。

 そこに、維盛の弟の平資盛、平清経、平有盛、平忠房、平師盛の兄弟5騎が門から中庭にやって来て、馬上から、大声を出しました。

「行幸の行列ははるか先。どうして今まで遅参しているのですか」

 維盛は馬に乗り出発しました。しかし、引き返し、縁側に馬を寄せ、弓で御簾をめくり上げ、「それ見よ。幼い者たちがあまりに慕うので、慰めようとしているうちに、思いのほか遅参していたぞ」とかすれ声で、泣きながら告げました。中庭に控える兄弟5騎も、鎧の袖を濡らしました。

 維盛が召し抱える若い侍に、19歳の斎藤五と、17歳の斎藤六という兄弟がいました。維盛の左右のたづなの端を持ち、「どこまでもお供します」と告げました。

 しかし、維盛は、言いました。

「お前たちの父の長井の別当・斎藤実盛は今度の北国のいくさで討ち死にした。実盛は、古強者だったので、思う所があってか、お前たちがいっしょに行くと言ったときに連れて行くことを許さなかった。今日の日があることを、悟っていたのかもしれない。あの六代御前を残していくが、信頼できる家臣がいない。今は、理をまげて、留まってほしい」

 兄弟は力及ばず、涙を抑えて、留まりました。

 北の方は、「年頃、日頃から、ここまで、つれない人とは思わなかった」と、うち伏してしまいました。若君、姫君、女房たちは、御簾の外まで転げ出て、声をばかりにわめき、さけびました。その声々は維盛の耳の奥に刻まれ、さながら西海の波の上で受ける風の音を聞くようにも思われました。

(2011年12月30日)


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