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(233)斎藤実盛の最期

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登場人物:斎藤実盛、平宗盛、手塚光盛

 平家軍は総崩れになりました。われ先に逃げていく平家方の中で、武蔵国の住人で長井の別当・斎藤実盛は、存ずる旨があって、赤地の錦の直垂に、萌黄縅の鎧を着て、クワイの葉の形をした前立をつけた甲の緒を締め、黄金づくりの太刀を帯び、24本差した黒と白のあざやかな矢を背負い、滋藤の弓を持ち、黄金で縁を飾った鞍を置き、模様が連なった銭のようになっている葦毛の馬にまたがり、味方が落ち行く中で、ただ一騎で、返しては戦い、返しては戦って、敵を防いでいました。

 義仲軍から、太郎・手塚光盛が進み出て、「ああ、けなげなことだ。いかなる人だろう。味方の軍勢が落ち行く中、ただ一騎残って戦うあっぱれさよ。名乗りたまえ」と言葉を掛けました。実盛は「まず、そういう貴殿は誰ぞ」と問いました。手塚光盛は、「信濃の国の住人、手塚太郎金刺光盛」と名乗りました。

 斎藤実盛は、「さては互いに良き敵かな。ただし、貴殿を見下すわけではないが、存ずる旨があり、名乗ることはしない。寄れ、組もうぞ、手塚」と馬を駆けさせました。そこに、光盛の郎党が主を討たせまいと間に入り、斎藤実盛に馬を並べました。実盛は、「あっぱれ、おのれは、日本一の剛の者と組むのだぞ」と、郎党を自分の馬の鞍の前輪に押し付けて、身動きを封じて、首を掻き切って捨てました。

 手塚光盛は、郎党が討たれるのを見て、弓手(左側)に回り、斎藤実盛の鎧の草摺を引き上げて、二刀を刺し、実盛が弱ったところを組みました。実盛は、心は猛く持っていましたが、戦いに疲れ、手傷を負い、そのうえ、老武者でした。手塚光盛に組み伏せられました。光盛は、馳せ参じた郎党に、実盛の首を取らせました。

 光盛は、斎藤実盛の首を持参して、源義仲の御前に出ました。光盛は「光盛は奇異なくせ者と組み、討ち取ってきました。侍かと思えば、錦の直垂を着ています。また、大将にも見えましたが、着き従う軍勢はいませんでした。名乗れ、名乗れと責め立てましたが、ついに、名乗りませんでした。声は、関東人のものでした」と告げました。

 義仲は、「あっぱれ、これは、斎藤別当だ。斎藤実盛なら、幼い義仲が上野へ行った時に見たことがある。その時、斎藤は白髪交じりだった。今は、もう70を超え、白髪になっているはず。しかし、髪の毛が黒いことは奇怪だ。樋口次郎兼光は、以前から親交があり、見知っているはずだ。樋口を呼べ」と命じました。

 樋口兼光は、一目見て、「あな無慚、斎藤別当です」と涙を流しました。

 義仲は、「それなら70歳を超えているはず。白髪になっているはずなのに、髪の毛が黒いのはなぜだ」と問いました。

 兼光は、涙を抑えて答えました。

「髪の毛が黒いのでまずそのことを申し上げるべきでしたが、あまりに哀れに思え、まず不覚の涙をこぼしました。弓矢取る者は、どんな場所でも、思い出となる言葉を残すものと見受けられます」

「兼光が、いくさのない時に、斎藤実盛に会った際、実盛は『60を超えていくさの陣に向かう時は、髪の毛を黒く染めて、若返ろうと思う。白髪頭で若殿ばらと先駆けを争うのも大人げないし、老武者と人の侮りを受けるのも口惜しい』と語りました。黒髪が染めたものなのか、洗わせてご覧になってみてください」と告げました。義仲が首を洗わせると、白髪でした。

 また、斎藤実盛が、錦の直垂を着けていたことにも理由があります。

 実盛が、平宗盛に最後のいとまごいをした時に口にした言葉があります。

「こう言うのは実盛一人のことではありませんが、先年坂東へ下った時、富士川の合戦で水鳥の羽音に驚き、矢一つ射ることなく、駿河の蒲原から逃げ返ってきたことは、まさに、老いたのちまでの恥」

「今度、北国に下るので、必ず討ち死にしてきます。実盛は、近年は武蔵の国の長井に領地をもらい居住していますが、もとは越前の住人。故事にも、故郷へは錦を着て帰る、とあります。どうか、錦の直垂を着ることをお許しください」

 平宗盛は、「けなげにも、よく申した」と、錦の直垂の御免を出しました。昔、漢代の貧しかった朱買臣は会稽の太守に出世したのち錦を着て故郷へ帰り、今の斎藤別当実盛は、その名を北国に残しました。西行は、『朽ちもせぬその名ばかりをとどめおきて枯野のすすき形見にぞ見る』と詠みましたが、斎藤実盛が、しかばねを越路の砂としたことは哀れです。

 去る寿永2年(1183年)4月17日に平家が10万騎で都から出発した時は、何者も立ち向かうことができないように見えましたが、今、5月下旬に都へ戻った兵は、わずかに2万騎。人々の中には、「故事に、『流れを尽くして漁(すなど)る時は、多くの魚を得るといえども、明年に魚なし。林を焼いて狩る時は、多くの獣を得るといえども、明年に獣なし』という。後のことを考え、軍勢を少しは都に残しておけばよかったものを」と言った人もいたとか。

(2011年12月28日)


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