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(222)頼朝と義仲の確執

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登場人物:源頼朝、源義仲、源行家、今井兼平、土肥実平、梶原景時、源義重、海野幸氏、望月、諏訪、藤沢

 平家物語「巻の六」で、平清盛の死と、木曽の源義仲の挙兵が語られました。義仲の軍団は屈強で、10倍を超える数的不利をものともせず、平家に従う越後の軍勢に大勝しました。関東の源頼朝、北国の源義仲にくわえ、南海(四国)、鎮西(九州)でも平家に従うものがいなくなり、時代が源氏に傾いていることが語られます。

 平家物語「巻の七」は、頼朝と義仲の間にある確執から始まります。

頼朝と義仲の確執

 寿永2年(1183年)3月上旬、源義仲と源頼朝の間に確執があるとうわさされました。

 そのような時、鎌倉の頼朝が、木曽の義仲追討のため、10万騎で信濃の国(長野県)へ出発しました。

 義仲は上田市の南の依田城にいました。3000騎で城を出て、信濃と越後(新潟県)の境にある熊坂山に陣を取りました。頼朝も信濃の善光寺に到着しました。

 義仲は、義父・信濃権守兼遠の子で乳兄弟の次郎・樋口兼光の弟「四郎・今井兼平」を使者にして、頼朝のもとへ遣わしました。

 兼平は、義仲の伝言を頼朝に伝えました。

「そもそも頼朝殿は関東八か国を討ち従え、東海道から都へ攻め上り、平家を追い落とそうとしている。義仲も東山道、北陸道を討ち従えて、北陸道から攻め上り、一日でも早く平家を滅ぼそうとしている。それなのに何の子細があって、貴殿と義仲が仲たがいして、平家の笑い者になろうと思うか」

「もちろん、叔父の十郎蔵人・源行家殿こそは、頼朝殿に恨みがあるといって義仲のもとへ来たが、義仲までもがつれなく追い返してはどうかと思っただけの次第で、これまで従えてきただけのこと。義仲においては、まったく貴殿に含むところはない」

 しかし、頼朝は、「今こそそのように言えども、頼朝を討つための謀反があると告げ知らせる(五郎・武田信光からの)正確な情報がある。なので、貴殿の申し開きを聞くわけにはいかない」と答えました。土肥実平、梶原景時を先方にして、数万騎の軍勢を寄せるといいます。

 義仲は、頼朝に他意のないことを示すために、11歳になる嫡子の清水冠者・源義重に、小太郎・海野幸氏、望月、諏訪、藤沢など一騎当千の強者をつけて、頼朝のもとへ送りました。

 頼朝は、「こうまでする以上は、義仲殿にはほんとうに他意はない。頼朝はいまだ成長した子を持たないので、義重をわが子にしよう」と、清水冠者義重を連れて、鎌倉へ帰りました。

(2011年12月25日)


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