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(213)大仏殿再建

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登場人物:邦綱、平宗盛、後白河法皇、行隆

 治承5年(1181年)年の2月20日、五条大納言の邦綱も死んでしまいました。平清盛と特に契りが深かったのですが、同日に病について、同月に死んでしまったことは不思議なことです。

 2日後の治承5年(1181年)2月22日、平宗盛が参院し、院の御所を法住寺殿へ遷すよう奏上しました。法住寺殿は、去る應保元年(1163)4月15日に造り、日吉神社と、熊野神社を勧請した新日吉、新熊野としてまつり、山水木立にいたるまで後白河法皇の好みに合わせました。しかし、ここ2、3年は平家の悪行のため、後白河法皇は法住寺殿に行くことはありませんでした。

 宗盛が御所の荒れた所を修理してから御幸するよう告げると、後白河法皇は、「何の遠慮はいらない。ただ、今すぐに、今すぐに」といって御幸しました。後白河法皇は、まず、故建春門院がいた御方へ行きました。岸の松、汀(なぎさ)の柳は、年月がたったと見えて、小高くなっていました。「長恨歌」に『太液の芙蓉、未央(びおう)の柳』と詠まれましたが、建春門院の御方からの眺めに涙を流しました。後白河法皇は、かの南内西宮の昔の跡を、今こそ知ったのではないでしょうか。

 治承5年(1181年)3月1日、南都の僧都たちが皆、赦されて本官に復帰しました。末寺・荘園は昔と1つもたがわず管理するべきとのことでした。

 3日には、大仏殿再建の事始(ことはじめ)がありました。再建の奉行には、前左少弁の行隆が任ぜられました。この行隆は、先年に八幡宮へ参詣し、夜通し祈った時の夢に、鬢(びんづら)を結った天童が現れて、「われは八幡大菩薩の使いなり。大仏殿事始の奉行の時は、これを持つべし」といって笏(しゃく)を与えられるという夢を見ました。覚めた後に枕元を見ると、笏がありました。なんと不思議なことです。その時、行隆は、なんで大仏殿の事始が、と思い、事始の奉行になることなどないと思っていましたが、御霊夢なので、心の内に刻んで帰りました。そのことは胸の内深くに収めていましたが、平家の悪行によって、南都が炎上したので、多くの弁官の中で、この行隆が選ばれ、大仏殿再建の事始の奉行になる前世からの因縁である宿縁の程こそ、めでたいことです。

(2011年12月23日)


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