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(206)平清盛の熱病

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登場人物:平宗盛、平清盛、法蔵僧都

 治承5年(1181年)2月23日、後白河法皇の法住寺殿で、急に公卿詮議がありました。平宗盛が言うには、「このたび板東へ討っ手を差し向けたが、成果を上げられなかった」。宗盛は、今度は自分が大将軍として、東国・北国の凶徒らを追討すると言いました。諸卿は会釈をして、「宗盛卿の言いよう、頼もしい」と言いました。後白河法皇も、大いに感慨しました。公卿・殿上人も、武官に名を連ね、少しでも弓に携わる者は、宗盛を大将軍として、東国・北国の凶徒らを追討すべし、と追従しました。

 治承5年(1181年)2月27日、宗盛がすでに用意を整え、いざ出発という夜半ごろ、平清盛の病気が、急に重くなり、宗盛は出発を中止しました。明け28日には、平清盛が重体に陥ったと言われ、六波羅、都中が騒ぎました。人々は、「今度は亡くなるか」「それみたことか」とささやきあいました。

 平清盛は、病の床に着いた日から湯水ものどを通らず、体の中が熱いことは火のようでした。清盛が寝ている場所から4、5間(約7〜9メートル)の内に近づいた者は、熱さに耐えられませんでした。清盛はただ、「あつい、あつい」とうわごとを口にするばかり。まことにただごとには見えず、余りの耐え難さに、比叡山から千住堂の井戸の弁慶水をくみ出してきて、石の船(船=水などを盛る箱形の器)にため、そこに清盛を入れて冷まそうとしましたが、水がボコボコと沸騰し、すぐに湯になってしまいました。

 もしやと思い、筧(かけひ)の水をかければ、清盛の体が焼けた石や鉄のようで、水がほとばしって飛び散ってしまいました。まれに体にかかる水も、煙となって燃えてしまい、そのため、黒煙が屋敷中に満ちて、炎が渦を巻いて上がりました。その様子は、焦熱地獄のよう。昔に法蔵僧都という人が閻魔大王の招きに応じて冥界に行った時に、法蔵僧都が母のいる場所を尋ね、閻魔大王があわれに思い、獄卒を付けて、焦熱地獄へ案内しました。その時、法蔵僧都が黒金の門の内へ入ってみると、炎が流星のように空に上り高さ数千里にも到達しようとする様子を見たといいますが、その様子でさえ、この時の清盛の様子に勝るとは思われませんでした。

(2011年12月19日)


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