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ミニシアター通信平家物語 > (195)高倉天皇の御衣の沙汰

(195)高倉天皇の御衣の沙汰

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登場人物:高倉天皇

 また、安元のころ(1175年-1177年)、方角が悪いときにいったん別の場所に泊まりそこから出発する「方違(かたちが)いの御幸」をしたことがありました。高倉天皇は、そうでなくても時刻を報じる役人の声で起きてしまい、いつも寝付きが悪かったので、安眠することがありませんでした。そのうえ、霜が降りる夜には、延喜の聖代・醍醐天皇が国の民がどれほど寒がっているだろうと夜の寝床で御衣を脱いだことを思い出して、自分の徳が至らないことを思ったりしてしていました。

 方違いの御幸の日も、深夜に差し掛かったころ、遠くで人の叫び声がしました。供奉の人々には聞こえませんでしたが、高倉天皇は聞きとり、「ただいまの叫びは何者だ。見て参れ」と命じ、禁中の宿直の者が当番の滝口の武士に見に行かせると、ある辻道で、あやしい女童が、長持のふたを提げて泣いていました。「どうした」と問うと、「主の女房の方が院の御所に出仕していますが、この程ようやく仕立てた衣を持って行く途中、ただ今、男が2、3人来て、奪って逃げました。御装束があればこそ、院の御所にも出仕しています。また、頼りになる親しい人もいません。そのことを思って、泣き続けています」と答えました。

 滝口の武士がその女童を連れて来ました。高倉天皇はことの次第を聞き、「なんと無残なことだ。何者の仕業であろうか」と、涙を流しました。高倉天皇は、「堯(ぎょう)の代の民は、堯の心が素直だったので、皆、素直だった。今の代の民は、朕が心をもって心としているために、悪賢いものが世の中にいて罪を犯す。それはすなわち、朕の恥だ」と嘆きました。

 高倉天皇が「それでは取られた衣は何色だ」を聞くと、しかじかの色と答えてきます。高倉天皇は、その時はまだ中宮だった建礼門院の方へ、「そのような色の御衣はあるか」と尋ねさせました。すると、もとの衣よりも遙かに美しい御衣が持ち込まれ、高倉天皇はそれを女童に与えました。そのうえ、「いまだ夜は深い。再び同じような目に遭うこともある」と、たくさんの滝口の武士をつけて、主の女房の局まで送らせました。

 そのような高倉天皇でしたので、貧しい男や女に至るまで、高倉天皇の千秋万歳(ばんぜい)の宝算を祈りました。

(2011年12月17日)


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