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(172)文覚

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登場人物:源頼朝、池禅尼、文覚

 しかるにこの源頼朝という人物は、去る平治元年(1159年)12月、父左馬頭・源義朝の謀反により成敗されるところ、平清盛の継母である故・池禅尼の懇願により、14歳の永暦元年(1160年)3月20日、伊豆の北条蛭が島に流されました。それから20年あまりの年月を送っています。そんなに歳月が過ぎたのにどうして今年になって謀反をおこしたのかをいうと、高雄の文覚上人が進めたからでした。

 この文覚という人は、渡辺遠藤左近将監茂遠の子で、名前を、遠藤武者盛遠といい、鳥羽天皇皇女統子の住居・上西門院の警備の武者でした。しかし、19歳の時に、出家の心を起こし、元結いを切り、修行に出ようとしましたが、修行というものはどのくらいの大事なのか試してみようと、6月の日が草もゆるがすほど強い時、ある片山の里の藪の中に入り、裸になり、仰向けに寝ました。アブや蚊、ハチ、アリなどという毒虫たちが身に取りついて、刺したり、食いついたりしましたが、少しも身を動かしませんでした。7日までそうして起き上がらずに、8日がたってから起き上がり、「修行というものは、これほどのことか」と人に聞くと、「それ程のことを続けたら、命がもちますまい」と答えたので、「それなら修行はたやすいことだ」といって、すぐに修行に出ました。

 文覚は熊野を参詣して、那智籠りをしようと思いましたが、まず行の試みとして、うわさに聞こえる那智の滝にしばらくうたれてみようと、滝の落ちる下へ行きました。時候は、12月10日あまりのことなので、雪が降り、氷が張って、谷の小川も音がしません。峰は嵐が吹き荒れて凍り、滝の白糸の垂水となり、すべて真っ白で、四方の梢も見分けがつかない状態。しかし、文覚は滝壺に下りて、浸りました。首まで水につかり、不動明王の慈救(じく)の呪文を唱えて2、3日こそそのまま浸かっていました。しかし、4、5日になると、文覚はこらえきれず水から浮き上がりました。数千丈(1丈は約3メートル)上から落ちてくる滝なのでどうしてこらえることができるでしょうか、文覚は下流に押し流され、刀の刃のこどくにとがった岩肌の中を、浮いたり沈んだりして、5、6町(約550から650メートル)ほど流されました。

(2011年12月8日)


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