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(156)福原遷都

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 平重盛死後、老年の平清盛が安徳天皇を無理やり即位させました。“平家追討の令旨”を出した以仁親王と、以仁親王に挙兵をもちかけた源頼政は討ち取られました。三井寺は破壊されます。しかし、人々は、いよいよ平家の世が末となったか、とうわさしていました。

 平家物語「巻の五」は、福原遷都から始まります。福原遷都にいたり、“平家の悪行は極まった”といわれ、いよいよ、後白河法皇から“平家追討”の院宣が出ます。源頼朝が動き始めます。

福原遷都


 安徳天皇が、治承4年(1180年)6月3日に福原へ御幸するとうわさされました。日頃から、遷都があるといわれていましたが、今日、明日のこととは思ってもいませんでした。都じゅうが大騒ぎになりました。おまけに、3日といったん決められたものが、あまつさえ、1日繰り上げられて、2日となりました。

 6月2日の卯の刻(午前6時)、御幸の神輿が内裏に着きました。安徳天皇は今年3歳。いまだ幼いので、何事もなく、神輿に乗りました。幼い天皇が御幸するときは母后がいっしょに神輿に乗るのが慣例ですが、今回は、中宮建礼門院は乗りませんでした。乳母で大納言平時忠の妻・帥亮殿だけが乗りました。建礼門院、後白河法皇、高倉上皇も御幸しました。摂政・藤原基通をはじめ、欠員となっている太政大臣以下の公卿・雲客は、われ先にと供をしました。

 明けた3日、平家でも、平清盛をはじめ、一門の人々が皆、福原へ行きました。清盛の弟の池中納言・平頼盛の山荘が皇居になりました。4日、頼盛は、家を皇居に提供した恩賞で、正二位に叙されました。従二位右大将・九条兼実の子で右大将の九条良通は、位を越えられました。摂関の家に生まれた者が、摂関以下の家の次男に位を越えられたのは、これがはじめてといいます。

 平清盛はようやく思い直して後白河法皇を鳥羽殿から出し都へ戻しましたが、以仁親王の謀反によりたいへん憤って、また、後白河法皇を福原へ遷しました。福原では、四面に板塀を巡らし、一か所だけ開けて、板葺の家を作って後白河法皇を押し込めました。守護の武士は、大夫・原田種直ただ一人。容易に人が訪れる様子がないので、童たちは「籠の御所」といいました。聞くもいまいましく、あさましいことです。

 後白河法皇は、「今は世のまつりごとを知りたいとはつゆとも思わない。ただ、山々、寺々を巡り、心のままに過ごしたい」と言いました。

 人々は、「平家の悪行、ここに極まれり。去る安元よりこのかた、多くの大臣・公卿を流し、あるいは、殺し、関白・藤原基房を太宰権帥に流し、わが婿の藤原基通を関白にして、後白河法皇を城南の鳥羽離宮に幽閉し、あまつさえ、第2皇子以仁親王を討ち、遷都だけがのこっていたが、その遷都まで実行してしまうとは」とうわさしました。

(2011年12月2日)


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