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(132)三井寺での詮議

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 園城寺三井寺では、以仁親王が来てから、逢坂から大津を超える道「大関」や、四宮より三井寺へ続く通「小関」を堀り固め、大衆が詮議しました。

「比叡山延暦寺は心変わりした。奈良興福寺からの返事はいまだ来ない。ことを伸ばしていたら、悪い結果になる。さても今夜、六波羅に押し寄せて、夜討ちしよう。

 その議なら、大衆の老若を2手に分けて、まず老兵たちを、如意が峯から搦め手へ向かわせよう。雑兵どもを先に立てて、洛東岡崎辺りにある白川の民家に火を掛けて焼き上げれば、都の人々、六波羅の武士たちは、事が起きたと、馳せ向かうに違いない。

 その時、搦め手勢が、岩坂や桜本の辺りでしばらく応戦し、その間に、大手は、粟田口街道の地にある松坂から、伊豆の守・源仲綱を大将軍にして、若者・悪僧・大衆が六波羅へ押し寄せ、風上に火をかけて、一揉みに攻め入れば、必ず、太政大臣入道・平清盛は焼き出される。その時、討ってしまおう」

 ここに平家の祈祷師だった一如坊の阿闍梨・真海という者がいました。弟子、僧坊に寄宿する者を数十人引き連れて、詮議の中に進み出て、言いました。

「このように言えば、平家方と思われてしまうかもしれませんが、そうではありません。また、たとえそうだろうと、どうして衆徒の恩義を思ったり、三井寺の名を惜しんだりしないことがあるでしょう。

 昔は、源平が左右に競い合って、朝家を守っていました。しかし、近頃は、源氏の運が傾き、平家の世となり、20年あまり、天下に平家になびかないものはありません。

 また、平家の各屋敷の構えも、小勢では簡単に破ることはできません。よくよく、策を練って、軍勢を集め、後日に攻め寄せるべきではないでしょうか」

 真海は、出陣を引き延ばすため、長々と詮議しました。

 乗円坊に阿闍梨・慶秀という者がいました。衣の下に萌黄のにおいをつけた腹巻をし、大きな打ち刀を前さがりにしどけなくさして、白柄の長刀を杖にしてつき、詮議の場に進み出て言いました。

「考えの根拠を外に求めてはならない。まず三井寺の創建者・天武天皇は、まだ皇太子だった時、大友皇子に襲われて、吉野の奥に逃げ延びた。天武天皇が、大和の国・宇多郡を過ぎた際、その勢はわずかに17騎だった。

 しかし、伊賀の国、伊勢の国を平らげ、美濃の国、尾張の国の軍兵を味方にし、大友皇子を滅ぼし、ついに、天皇になった。

 故事にも、逃げ場を失って困った鳥が舞い込んできた時、人はこれを憐れむとある。

 他は知らないが、慶秀の門徒の者たちは、今夜、六波羅に押し寄せて、討ち死にするべし」

 三井寺の門跡・円満院の大輔である源覚が進み出て、「詮議はまちまちだ。しかし、夜はふけるばかり。急げや、進め」と声をあげました。

(2011年11月22日)


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