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ミニシアター通信平家物語 > (127)三井寺から延暦寺への牒状

(127)三井寺から延暦寺への牒状

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 さる程に、園城寺三井寺では、法螺貝を吹き、鐘をならして非常呼集をしました。寄り集まった大衆が詮議して、一同が同心しました。

「そもそも、このところの世情の有り様を案ずると、仏法が衰退し、朝廷の政道である王法の威光が陰っている。今、入道・平清盛を戒めなければ、いついましめるのか」

「高倉の宮・以仁親王が三井寺に入られたことは、正八幡宮の衛護、三井寺の守護神である森羅大明神の冥助に違いない。天地の神々も姿を現して、仏力・神力で清盛を降伏に導くに違いない」

「そもそも、比叡山延暦寺は天台宗の学地、南都・奈良興福寺は戒律修行の戒壇がある道場。牒状を送れば、同心するに違いない」

 そうして、比叡山延暦寺と、奈良興福寺に牒状を送りました。

園城寺三井寺から比叡山延暦寺への牒状

 園城寺三井寺から、比叡山延暦寺の寺務所へ牒状。特に、力を合わせて、当寺の破滅を助けてほしいと思う状。

 入道浄海・平清盛はほしいままに仏法を破滅させ、朝廷の政道・王法を乱そうとしている。心配すること、嘆くこと極まりない。その折、今月15日夜、後白河法皇の第2皇子・以仁親王が、不慮の難を逃れるため、密かに、三井寺へ入られた。

 清盛は、後白河法皇の命令と称して、しきりに、以仁親王を引き渡すよう催促してきている。しかれども、引き渡すわけにはいかない。ここにおいいて、清盛が官軍をもって当寺を攻めるといううわさがある。そうなれば、当寺の破滅は、免れない。諸衆が嘆き、悲しむこともまたしかず。

 そのうえ、比叡山延暦寺と園城寺三井寺は、流派が2つに分かれたといえども、学ぶところは、同じ天台の門。例えれば、鳥の左右の翼、車の両輪、一方が欠けたら、嘆かわしい。

 なので、ここに力を合わせて当寺の破滅を助け、早く年来の遺恨を忘れ、一山の下にいっしょに学んだ昔に戻ろうではないか。

 衆徒の詮議、かくのごとし。よって、牒状はくだんのごとし。

 治承4年(1180年)5月18日、大衆等

(2011年11月22日)


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