本文へスキップ

ミニシアター通信 > あらすじ&読書感想文5 > 映画「山猫」

映画「山猫」ルキノ・ヴィスコンティのあらすじと感想

2007年4月8日 竹内みちまろ 参照回数:

監督:ルキノ・ヴィスコンティ(1963年/イタリア/フランス)
主演:バート・ランカスター、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ、リナ・モレリ、パオロ・ストッパ、ジュリアーノ・ジェンマ

 「山猫」は1860年代のイタリアが舞台になっている映画です。1860年に、イタリア統一を目指す一人の愛国者が赤シャツ隊と呼ばれた義勇兵団を率いてシチリア島に上陸しました。

 「山猫」で描かれていたイタリア独立戦争をへて、今日の世界地図にあるイタリアという国の形ができました。それまでのイタリアは、ローマ教皇領を含めた小国が乱立した状態でした。国民的な統一国家を作り上げていたスペインやフランス、オーストリアからの干渉にさらされる弱小国家集団でした。一人の愛国者の軍事行動が口火を切った統一運動は、南部イタリアの王朝国家の滅亡や北部イタリアのオーストリアからの割譲などを経て、1870年にローマの教皇領を併合することにより完了します。今日の世界地図にある、いわゆるイタリアができあがりました。

 1860年代は世界史のターニングポイントだったように感じます。イタリアと同じように、弱小国家の集合体であったドイツと日本は、この時期に、急進的な統一運動が行われます。1866年には、ドイツ統一国家の建設を目指すプロイセンのビスマルクが、オーストリアを破ります。ルートヴィヒ2世のバイエルンは、新しい道を切り開こうとするプロイセンとの同盟ではなくて、落日の道をたどるオーストリアとの同盟を選んでいました。1868年には、薩長連合が滅び行く徳川幕府への義理を通した奥羽越列藩同盟を打ち破ってゆきます。世界史の表舞台に出ることがなかった日独伊の3国は、1860年代を境にして、強大な中央集権国家を作り上げていきます。日独伊の3国は、歴史の表舞台に駆けのぼっていきました。「山猫」は、そんな時代の物語です。

 「山猫」の主人公はサリーナ公爵というシチリア島の貴族です。「山猫」で描かれていたのは、激動の時代というよりは、世代交代をうながす時代の波を泰然と見つめるサリーナ公爵の姿でした。統一戦争や時代の変化は、タンクレディーというサリーナ公爵の甥とアンジェリカという新興階級の娘との恋をとおして間接的に描かれていました。「山猫」がはじまってすぐに、タンクレディーがサリーナ公爵の邸を訪れる場面がありました。タンクレディーは「じっとしてなんていられない」と言います。義勇軍に参加することをサリーナ公爵に告げました。サリーナ公爵は「誰が来てもこの美しい景色は変わらない」と窓の外を見つめています。サリーナ公爵は、貴族という自分自身の存在や自分たちが築いてきたものを破壊しようとする時代がすぐそこまで来ていることを悟っていました。しかし、そんな時代の波には価値判断を加えようとしません。時代の波に乗ろうとする若いタンクレディーをこよなく愛するいっぽうで、自分は、自分が生きてきた時代とともに滅びようとしているように見えました。

 「山猫」では印象に残っている場面があります。イタリア統一の是非を問う国民投票が終わったあとにミラノから新政府の高官がシチリア島を訪れました。高官は新政府がサリーナ公爵を上院議員に推薦することに対してあらかじめ本人の内諾を得るために派遣されていました。高官は、「このたびの変化にも立派な態度を示されました」とサリーナ公爵への評価が高まっていることを告げます。高官がサリーナ公爵を説得しようとする場面に心が酔いしれました。

 サリーナ公爵は、私がかつての支配階級の者であることは否定のしようのない事実だと、上院議員への推薦を断ります。サリーナ公爵は「私は不幸なことに、新旧二つの世界にまたがって生きている。そして、なんの幻想も持っていない」と告げます。高官は「今やこの島は未来ある新しい国家の一部です」とあきらめません。サリーナ公爵は高官の言葉にうなずきます。しかし、深く下を向いたあとに「言われることは分かるが、遅すぎた」と答えました。サリーナ公爵は椅子から立ち上がります。手をうしろに組んだままゆっくりと暖炉の前まで歩きました。何かを思いつめたような顔をして高官のほうを振り返ります。

「眠りだよ。長い眠りを求めているのだ。そして、ゆり起こす者を憎む」

 サリーナ公爵は、炎を見つめながら「我らの願望は――忘却だ。忘れ去られたいのだ」とつぶやきます。炎のそばを離れてゆっくりと椅子に腰掛けます。手をあごの下にあてて「逆に見えても、実はそうなのだ。血なまぐさい事件の数々も、我らが身をゆだねている甘い怠惰な時の流れも、すべて、実は、官能的な死への欲求なのだ」と告げました。高官は、しばし炎を見つめたあとに、静かにサリーナ公爵に声をかけます。高官は、サリーナ公爵が「肩書きだけならお受けする」だとか、「シチリアは老いている」だとか、「私は政治には向いていない」だとか言うのは、本当の心をいつわるだけの口実で、サリーナ公爵が「死へのあこがれ」を抱いてしまっていることを知りました。サリーナ公爵は、自分の代わりにタンクレディーの義父となる人物を、実務に長けて変化への対処も見事であったと上院議員に推薦します。サリーナ公爵は、その人物は「幻想などは、持ち合わせまい」と言ったあとにひと呼吸を置いてから「だが、必要なら創り出す。新時代向きだ」とほほ笑みます。サリーナ公爵の心にふれた高官は「彼の事なら聞いたことがあります。だが、我々には公爵様が必要だ。理想なき者の登場は困るのです。それは旧時代への後戻りになりません。ご自身の内心の声に耳を傾けて頂きたい。公爵様、どうか、お力をお貸しください」と懇願します。高官の声に自然と力がこもります。高官は、「幻想など持っていない」、「幻想など必要ない」と言いながらも、サリーナ公爵の中には大きな理想を求める心が眠っていることを本能的に感じたのかもしれません。サリーナ公爵は高官の言葉に、一瞬、心を動かされたように見えました。サリーナ公爵は「あなたは立派な方だ。お目にかかれてうれしい」と高官のほうに歩み寄ります。しかし、サリーナ公爵の心は変わりませんでした。

 「山猫」のクライマックスは舞踏会の場面です。新旧二つの階級が参加した大規模なものでした。サリーナ公爵は、タンクレディーの婚約者となったアンジェリカのデビューを後押しするために、舞踏会に参加したようです。若い着飾った夫人たちや燕尾服や軍服で体を覆った紳士たちの間をすり抜けるときのサリーナ公爵は、どこかぼうぜんとして、心がここにあらずという感じに見えました。老紳士や老婦人と短く言葉を交わすときにだけ、昔を懐かしむような笑みを浮かべます。サリーナ公爵は賑わいからひとり離れて静かな部屋にたどり着きました。グラスに水を注いで2回にわけて飲みほします。ソファーに深く腰をおろして頭をかかえました。サリーナ公爵が顔をあげると壁に一枚の絵がかかっています。息絶えた老人のまわりで人々が死を嘆いている絵でした。暗い森が背景です。そこにサリーナ公爵を探していたタンクレディーとアンジェリカが入ってきます。サリーナ公爵は、タンクレディーが「こんな絵など見て」と言ったのを受けて「私が死ぬときもこうかな」と語りはじめます。サリーナ公爵は「敷布は清潔にしたい。病人の敷布は汚いものだからな。娘たちの服装ももっときちんとして欲しい。しかし……まあ、こんなものだろう」とひとりでうなずきはじめました。タンクレディーはサリーナ公爵の手をとって「叔父上、何を言っているんです?」といたわります。サリーナ公爵はやすらかな顔で「時々、死を思うのだ。この歳では当然だ。若い者にはわかるまい。君らに死は関係ない。存在せぬのと同じだ」と満足そうに答えます。タンクレディーは汗をふくだけでなにも言えなくなりました。アンジェリカが静かに話しはじめます。

「ここに居られるのを知っていて参りました。お願いがあります。聞いて欲しいの。私とマズルカを踊って頂きたいの」

 サリーナ公爵は断ります。アンジェリカは「お願い」と手を差し伸べます。公爵は、その手に深く口づけをしました。

「ありがとう。若返るよ」

 サリーナ公爵は、「マズルカは動きが激しすぎる、ワルツなら」とアンジェリカと踊ることを承諾しました。アンジェリカはサリーナ公爵のくちびるに静かに口づけしました。サリーナ公爵とアンジェリカは音楽がながれる部屋への扉を開けます。サリーナ公爵とアンジェリカが踊りはじめると、まわりで踊っていたカップルたちが足を止めました。いつの間には広い部屋で踊っているのはサリーナ公爵とアンジェリカだけになります。みんな2人のワルツに見とれていました。原作には「ワルツで一廻りするたびごとに、肩から歳が一年づつはがれていった。二十歳にもどったような気がした。ステルラとこの同じ部屋で踊っていた。あのころの彼は、幻滅や倦怠やその他のことがいったいどんなものであるかをまだ知らなかった……この夜、ほんのひとときのあいだ、死がふたたび彼の眼に、『他の人びとのためのもの』とみえた」と書かれていました。

 時代の波を見つめても価値判断を加えようとせずに、高官の心に触れても幻想は持っていないと断ったサリーナ公爵は、ワルツを踊ったひとときだけ、現実を忘れて、幻想のなかに酔いしれて、そして、死に向かう心からも解放されたのかもしれません。

 「山猫」は死への甘美なあこがれを持ってしまったサリーナ公爵が、ほんのひとときだけ死を忘れることができた瞬間を描いた映画だと思いました。


映画「白夜」ルキノ・ヴィスコンティのあらすじと感想


映画「地獄に堕ちた勇者ども」ルキノ・ヴィスコンティのあらすじと感想


映画「ルートヴィヒ」ルキノ・ヴィスコンティのあらすじと感想


映画「熊座の淡き星影」ルキノ・ヴィスコンティのあらすじと感想


映画「ベニスに死す」ルキノ・ヴィスコンティのあらすじと感想


映画「家族の肖像」ルキノ・ヴィスコンティのあらすじと感想


映画「夏の嵐」ルキノ・ヴィスコンティのあらすじと感想


ミニシアター通信

運営会社

株式会社ミニシアター通信

〒144-0035
東京都大田区南蒲田2-14-16-202
TEL.03-5710-1903
FAX.03-4496-4960
→ about us (問い合わせ) 



ミニシアター通信