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朗読者/ベルンハルト・シュリンクのあらすじと読書感想文

2006年9月9日 竹内みちまろ 参照回数:

朗読者


 「朗読者」(ベルンハルト・シュリンク/松永美穂訳)という小説をご紹介します。ドイツ文学です。15歳の少年は病んでいます。ある日、道で吐いてしまいました。1人の女性が乱暴といってもいい態度で面倒を見てくれました。建物の通路をぬけて暗い中庭に連れて行ってくれました。水道の栓を開けて少年の顔を洗ってくれました。水をくんだバケツを少年にも持たせて、道路の吐しゃ物を下水溝に流し込みます。女性は、ふと、少年が泣いていることに気がつきました。女性は、「坊や」と言って少年を抱きしめてくれました。少年は女性の胸のふくらみと新鮮な汗の匂いを感じます。少年は自分の腕をどこにまわしたらいいのかも知りませんでした。家に帰った少年は母親に告げました。母親は「元気になったらすぐお小遣いで花束を買って彼女のところへ行き、自己紹介してお礼を言わなくてはいけない」と言いました。少年は花束を買って女性のアパートを訪れます。女性は20歳以上も年上でした。少年は、はじめて、女の人を知りました。少年は恋に落ちてしまいます。女性のアパートに通います。少年は部屋に着くなりキスをしようとします。

「まず本を読んでくれなくちゃ」

 女性は少年に朗読を命じます。たっぷり30分間、少年の朗読に聞き入ります。そのあとで、女性は少年にシャワーを浴びさせてベッドに入れてくれました。少年と女性の愛欲の生活は数年間続きます。少年は体が丈夫になりました。学校に戻ることができました。遅れた分を取り戻して進級することができました。誕生日を祝ってくれる友人たちともめぐり合えました。女性は、何も言わずに、ふいに、引っ越してしまいました。

影のある人生


 「朗読者」は「いまでは36歳の女性を見ても若いと思うようになった」主人公が回想する物語です。主人公は、自分に朗読をせがんだハンナという女性といっしょに過ごした時間を軸にして、自分の人生を語ります。少年だった主人公はハンナとの出会いをその後の人生のなかでいつまでも引きずっていきます。人生の悲哀をかいくぐってきた主人公はさめた口調で淡々と自分の物語を語ります。

 「朗読者」は全編をとおして影がありました。ハンナと関係を続けていた少年が2人で復活祭の休みに旅行に行く場面がありました。少年は母親と息子ということにしていっしょの部屋をとります。少年は旅行をとても楽しみにしていました。少年は「すぐに戻ってくるよ」という書き置きを残して朝食を取りに行きました。少年が戻ると、ハンナは顔面蒼白になって怒りに震えていました。

「なんで黙って行っちゃうのよ!」

 少年はハンナを抱きしめようとしました。ハンナはドレス用の革ベルトで少年の顔を打ちました。

 少年はハンナとの関係は誰にもしゃべっていませんでした。少年は何時間も家をあけてハンナのもとに通っていたのに、そのことで家族から説明を求められた記憶がないと語ります。少年は誰一人として成功すると信じていなかった進級試験をパスしていました。両親は自分を信頼に値する人間とみなしていたのだろうかと語ります。少年は休暇をハンナといっしょに過ごしました。その間、両親や兄姉がどこに旅行に行っていたのかは忘れたと書いています。両親は自分が次の学年に進めたことでほっとして、この子は1人でなんでもできると安心していたのだろうと語ります。「そのうえ4人という子どもの数はかなり多かったから、両親の注意も全員には届かず、ちょうどいま問題を抱えている子どもに集中していた」と結論づけていました。父親は厳格な哲学教授でした。少年は兄にも心を開いていなかったようです。幼かったころ兄とよく殴り合いをしました。いつのころからかやりかえすのをあきらめてしまいました。兄の血気にはやる攻撃をはぐらかすようになりました。それからは兄はただ少年に口先でけちをつけるだけになったようです。少年にとっては家族との思い出はないに等しいようです。ただ、家族の無関心は、むしろ、少年には好都合だったのかもしれません。少年はハンナとの逢い引きだけに時間を費やします。年上の女性との関係を続けている少年は、どこか大人びた雰囲気を身につけていったようです。同じ歳の仲間たちが女の子の前では自然にふるまえないのに、少年は女の子にへんな気後れを感じさせることがありませんでした。しかし、少年は仲間たちにも心を閉ざしています。仲間たちも少年がオープンではないことを感じていました。同じクラスの女の子が、病気だったことで悩んでるの? お医者さんになにか言われたの? それで毎日病院に行って血液を交換しているの? と心配してくれました。少年は、仲間のもとにはいつも遅れてやってきたり、パーティーの途中で帰ったりしていました。少年は女の子に「どうしてぼくが遅く来たり早く帰ったりするかは、別の理由なんだよ」と語ります。しかし、ハンナと会っていることは誰にもしゃべりませんでした。

うしろ向きに生きる人生


 「朗読者」は大学生になった少年が強制収容所裁判のゼミに参加することで展開します。父親を恥じ入らせたくて選択したゼミですが、ナチズムの過去との対決は、父親との関係をひきずっていた少年の意図を超えて、深く心に突き刺さりました。少年はゼミの活動の一環として裁判を傍聴しました。被告として出廷していたハンナを見ました。少年に与えられた役割は、毎週一回の裁判の傍聴とレポートでした。少年は、すぐに、毎日通うようになりました。少年は被告席に座るハンナを見つめ続けます。ゼミの仲間はそんな少年から距離を置くようになりました。大人になった少年がゼミの教授の葬儀でゼミの仲間と再会する場面がありました。仲間は居酒屋の経営者におさまっている人の良さそうな男でした。

「裁判か、君がいつも見つめていたあの被告人か、どっちに興味があったんだい? なかなか魅力的な女性だったね? ぼくたちはみんな、君と彼女のあいだにどんな関係があるのかと噂したものだよ。ただ、君に直接尋ねる勇気はなかったね」

 少年は「どんな関係があったのかな?」と聞いてくる当時の仲間を「じゃあ」と言ってふりきりました。

 裁判を傍聴するうちに、少年はハンナの証言が実際のハンナの行動からはずれていくことに気がつきます。ハンナは、裁判で焦点になっている当時の行動とは別に、言うことができない問題を抱えていました。傍聴席の少年は心のなかでそれは違うと叫び続けます。思いあまった少年は、もう、どうすることもできなくなって、父親にどうすべきかをたずねるしかないと決意します。

「君を助けられなくて残念だとは思わない。君が問いかけた哲学者として、という意味だがね。父親としては、子どもを助けられないという体験は、ほとんど耐え難いものだよ」

 少年は、父親は楽な道を選んだという気がしました。

(もっとぼくたちの面倒を見たり、手助けできるときもあったのに。もっとも父自身にもひょっとしたらそのことはわかっていて、ほんとにそれで苦しんでいるのかもしれない)

 少年は「おまえはいつでもここに来ていいんだよ」という父親の言葉を信じないまま部屋を去りました。

 少年は「集団罪責というものが道徳的・法律的にどのような意味を持つにせよ、そのころの学生だったぼくたちの世代にとっては体験を伴う現実だった」と回想します。少年は、ナチ党員だった人物が戦後も行政部門で出世したことや、ドイツ連邦共和国がイスラエルを承認しなかったことを恥ずかしく思ったと語ります。少年は、学生運動の推進力は親を責めることができない子どもや親を責めたくない子どもたちの屈折したエネルギーだったのではないだろうかと語ります。

「ぼくは当時、他の学生たちが自分を両親から切り離し、それによって犯罪者・傍観者・目をそらした者・許容者や受容者の世代から自分を切り離して、恥の感情とは言わないまでも、恥じることの苦しみを克服してしまえるのをうらやましく思ったものだった」

 少年は、他の学生といっしょにデモに参加したりアジッたりすることはしなかったようです。

 「朗読者」を読み終えて、うしろ向きに生きる人生というものを感じました。少年は、ハンナとの関係をとおして、(また、物語のなかで直接語られることはありませんでしたが)心のどこかにあったと思われる父親との関係(とその裏返しであると思われる母親との関係)をとおして、ナチズムの過去と対決しようとしたのかもしれないと思いました。恥とは、告発とは、責任とは――少年は、すべての問題を自分自身の問題として捉えます。自分ひとりで抱え込んで、自分ひとりで解決しなければと思いつめます。少年は、学生運動に参加する者たちの自己を正当化することに疑いを持たない態度がうらやましかったと語ります。

 法律関係の職についた少年は、結婚した女性から、あなたは人生から逃げていると糾弾されます。幼い娘の存在ですら離婚を止めることができない状態になってしまいました。もうすこし根を張った生活をしたいと思った少年は、女性と関係を築くことを試みます。少年は出会った女性たちにハンナとの関係を打ち明けました。無言で背中をさするだけの女性や、話の中に母親がぜんぜん出てこないことはおかしいと思わないと逆に聞いてくる女性や、話の中身をすぐに忘れてしまう女性たちには、自分を理解してもらおうという少年の努力は実を結びませんでした。少年は無期懲役となって刑務所にいたハンナに朗読を録音したカセットテープを10年間送り続けました。ラスト・シーンに向かうなかで語られていくハンナの物語や、アウシュビッツの生き残りであるユダヤ人女性のうしろ姿は鮮やかな印象を残します。しかし、少年は最後まで心をとざして「自分はどうすべきか?」の答えを導きだすことができませんでした。

 ドイツの戦後にはそれぞれの世代で葛藤があったのだろうと思います。熱い政治の時代のあとには、(西)ドイツは経済の時代を迎えたのかもしれません。ナチの党員だった人物が戦後にも出世していったように、学生運動の闘士だった人物がやり手のビジネスマンになっていったのかもしれません。奇跡の復興と言われたなかで、ワイン農場でも経営してのんびりと人生を謳歌する人たちもいたのだろうと思います。「朗読者」を読み終えて、そういった人生を歩めない少年のうしろ姿が印象に残りました。


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