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デイヴィッド・コパフィールド/ディケンズのあらすじと読書感想文

2005年9月8日 竹内みちまろ 参照回数:

デイヴィッド・コパフィールド


 「デイヴィッド・コパフィールド」(ディケンズ/中野好夫訳)のあらすじと読書感想文です。

 「デイヴィッド・コパフィールド」は、主人公の出生からはじまる小説です。壮年に達した主人公が幸せを手にする場面で終わります。主人公の両親は、つつましくもしっかりとした生活をしていました。しかし、父親が死んでしまいます。母親は、若くて美人なのですが、生活力も、保護者としての資質もありませんでした。そういう薄幸な女を食い物にする悪い男と再婚してしまいました。不幸の坂を転げ落ちます。使用人以下の扱いを受けていた母親は、衰弱して死んでしまいました。取り残された主人公は、継父と継父の姉から虐待されます。少年だった主人公は、何もかもを捨てて、飛び出しました。

 話は変わるのですが、映画「サイダーハウス・ルール」は、孤児院が舞台の物語です。映画の中の孤児院では、孤児たちに、「デイヴィッド・コパフィールド」を読み聞かせていました。ちなみに、原作「サイダーハウス・ルール」の孤児院では、男の子の部屋では、同じディケンズの「大いなる遺産」を、女の子の部屋では、シャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」を読み聞かせていました。「ジェーン・エア」が、女の子バージョンの孤児もの小説の最高峰だとすれば、「デイヴィッド・コパフィールド」は、男の子バージョンの最高峰かもしれないと思いました。

前進あるのみ


 「デイヴィッド・コパフィールド」は、ストーリーが次々と展開する小説でした。題名にもなっている「デイヴィッド・コパフィールド」とは、主人公の名前です。コパフィールドの行き先には、数々の事件が待ち受けています。いろいろな人物が、入れかわり立ちかわりに、主人公の前に現れます。みんな、ストーリーを展開させるのに絶好のタイミングで現れるので、ときに作為的すぎて興が醒めることもありました。コパフィールドは、とにかく前進あるのみという人物として描かれていました。コパフィールドが代訴人として身を立てるために法律事務所に通っていたときのことです。コパフィールドに、外部的な要因で起こった事件が重なります。指導者の立場にあった弁護士の急死と、保護者の立場にあった伯母の破産です。でも、コパフィールドはくじけません。迷うことなく、次々と、行動を起こします。

コパフィールドの内面


 コパフィールドの内面がどのように描かれていたのかを見てみたいと思います。コパフィールドの特徴は、心の中に「変化」が起きないことではないかと思いました。コパフィールドが最初の妻に疑問を持つ場面がありました。甘やかされて育った妻は、家計を把握したり、使用人を管理する能力がありませんでした。注文を受けた商店は、粗悪な品をびっくりするほどの値段をつけて家に届けたり、使用人たちも、食材や家具を持ち帰ったりと、やりたい放題でした。しかし、当の本人は、そんなことは、一向に気にかけません。見かねたコパフィールドが、やさしく小言を口にしました。妻は、「あら、ひどい! あたしが、いやな奥さんだなんて」と興奮して手が付けられません。でも、コパフィールドは、そんな妻をひざに乗せて、妻がふざけておでこに落書きをするにまかせて、「それがまた、残念だが、たいへん嬉しいのである」という生活を送ります。同時に、「性格、目的の違いほど、夫婦の仲を割くものはない」などと、一人で、何回もつぶやいたりします。しかし、だからといって、コパフィールドの中で、「疑問」が「変化」になって、新たなドラマが生まれることはありませんでした。

展開するストーリー


 「デイヴィッド・コパフィールド」には、多くのサブ・キャラクターが登場します。サブ・キャラクターたちも、主人公に負けず劣らずに、「変化」をしない人物たちでした。悪人は、最初から最後まで、悪人です。やさしい乳母は、最初から最後まで、主人公の味方です。心が清らかな女性は、物語が終わるまで、聖母のままで通します。圧巻は、コパフィールドの最初の妻でした。コパフィールドは、妻を、「赤ん坊奥さん」と呼んでいます。なんと、妻が自分から、そう呼んでくれと言いはじめたのでした。なんとも、救いようがありません。コパフィールドと赤ん坊奥さんは、愛し合います。しかし、彼女が赤ん坊である限りは、家計の破綻をはじめとして、いずれまともな生活が送れなくなることは、目に見えていました。赤ん坊奥さんには、赤ん坊ゆえに、それがまったく理解できません。コパフィールドも、赤ん坊には何を言っても無駄だとあきらめます。時が流れるままに身を委ねます。そんなコパフィールドの気持ちとは無縁の外部要因で、ストーリーは展開していきました。赤ん坊奥さんは、病気で、死んでしまいました。コパフィールドの中で、赤ん坊奥さんは、永遠に、美しい思い出として残りました。みちまろの性格が悪いことは百も承知ですが、あえて書きますと、赤ん坊奥さんが死んでくれることは、コパフィールドにとっては、まさに、「天の恵み」でした。なんとも都合よく、ストーリーが展開しちゃうんだな、などと思いました。

ディケンズの時代


 解説には、ディケンズの時代では、小説は娯楽であり、ストーリーを展開させて読者を楽しませるものという社会認識があったことが書かれていました。ディケンズは、そんな時代の中を、一歩も先んずることも、遅れることもなく、時代とともに歩いた作家であった、と訳者が書いていました。

「要するに、作中人物をめぐって、作者も読者と一緒になって、笑ったり、泣いたりした、それがディケンズの文学である」

 小説を読むと、「人は、なぜ、生きるのか」などと、さながら求道者のような主人公の内面を描きあげた作品に出会うことがあります。しかし、いい悪いは別にして、ディケンズの時代では、人間の精神世界を掘り下げるのは戯曲の役割で、小説には、別の役割が与えられていたのかもしれないと思いました。

 「デイヴィッド・コパフィールド」は、主人公の「成長」ではなくて、「活躍」を描いた小説だと思いました。「デイヴィッド・コパフィールド」は、一人称の回想という形を取りますが、主人公の人生を軸にするストーリーは、単線かつ、直線的にテンポよく進みます。しかし、禅問答を繰り返す主人公の葛藤を描いたものだけが小説ではないような気がします。孤児となったコパフィールドが継父の折檻で部屋に閉じ込められたときに、鍵穴越しに、やさしい乳母の声を聞く場面などは、読んでいて、半べそをかきそうになりました。「デイヴィッド・コパフィールド」には、そのほかにも、印象的な場面がいくつもありました。読み終えて、「デイヴィッド・コパフィールド」も、時代を超えて愛され続ける作品の一つだと思いました。


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